大学入学共通テスト(国語) 過去問
令和7年度(2025年度)追・再試験
問12 (第2問(小説) 問2)

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問題

大学入学共通テスト(国語)試験 令和7年度(2025年度)追・再試験 問12(第2問(小説) 問2) (訂正依頼・報告はこちら)

次の文章は、野々井透(ののいとう)「棕櫚(しゅろ)を燃やす」(2023年発表)の一節である。春野(はるの)(「私」)は、妹の澄香(すみか)と父とともに暮らしている。これを読んで、後の問いに答えよ。

まぶたを開くと、木蓮(もくれん)の枝から、白いはなびらが一枚真下に落ちた。
それがあまりにたやすい落ち方だったので、だから、もう家の中に入ろうと父に声をかけようとしたら、蝶(ちょう)の羽ばたきみたいなゆっくりと不規則な砂利を踏む音が聞こえてきた。澄香の足音だ。サーモンピンクのワンピースに黒のライダースジャケットを着た澄香が庭へ現れる。
「ただいま」
「おかえり」
澄香が私の隣に座ると、窓辺の空気がたゆんだようになり、からだから力が抜けてゆるんでゆく。
「みんなのふつうより、大事なのはきみのふつう」隣で上着のポケットに両手を入れたままの澄香が言った。
「なにそれ?」
「今日、ナバタメさんが施設の壁面に設置した町会の懸垂幕のスローガン。なかなか、いいでしょ。残念なことに、その前を通り過ぎるほとんどの人は気付いてないみたいだけど」
「なかなか、いいかも」と考えずに返答する。通常から自分のふつうを優先し過ぎている(ア)きらいのある私は、みんなの中にいると不安になる。あまり興味のないことをそれでもみんなと笑いながら話していると、体温が低くなってきて、ああ、魚類になりたい、などと思い始める。みんなの中にあるとされているふつうと呼ばれるものは、自分のふつうの一番外側を薄っぺらく剥ぎ取ってくっつけ合わせたような、すぐにでも破れそうな球体みたいなもので、脆(もろ)いのを知っているのに、その球体の中の方が安楽だと思えてしまうA 危険な装置のようで、呪いの文句のようだ。けれど、信念だとか、誇りみたいなものを持つことは、誰かに対する暴力につながるのではないか、とも恐れている。
「家に帰る前にこの懸垂幕見たら、なんだか後押しされる気がするの」
「後押しって?」と澄香に聞く。
「また明日って思えることの後押し。また明日今日と同じ時間に起きよう、とか、また明日朝礼の時は顔を上げてよう、とか、また明日帰りにスーパーマーケットに寄って魚の品定めをしようとか、ただ、今日の続きを繰り返せば大丈夫って、なんとなく思える気がする」
また明日、と思うことが簡単ではなくなったのはいつからだろう。
「しかも、今回の懸垂幕のフォントは明朝体(みんちょうたい)だったんだよね」
「そうなんだ」
「ゴシック体より、いいでしょ」
「いいかも」とやはり考えずに返事する。
風が通ってゆく。棕櫚(注1)の葉先が揺れる。こうしていると、今日がいつのことだかわからなくなるようだった。昨日も、今日も、明日もなくなり、わたしたちは、生まれた順番も、男や女という区別も、父と娘という関係も取っ払って、いっこずつのただの鉱石みたいになってここに転がって、長いあいだ語らい合っているような気持ちになる。この星が滅んでも、石になったわたしたちは宇宙で転がっていられるような気持ちになる。
B 澄香は仕事や同僚について、毎日のようにわたしたちに話した。わたしたちに話すことが、世界を納得するための彼女の方法なのだと思う。澄香はひとつひとつの物事を肯定的に納得しながら、進みたいひとなのだ。
毎日物語の続きを聴いているようなわたしたちは、行ったことのない澄香の働いている場所を細部まで思い浮かべることができた。保健所と文化センターが入る地下一階、地上三階建ての古びた施設。ススキのような色の皺(しわ)の付きにくい布地の制服を着て、清掃をして、ゴミの回収と分別を行い、文化センターで催事があるときは集会室にパイプ椅子やテーブルを要望通りの位置へ並べて準備をし、終了後には元の位置に戻す。保健所でこどもたちの検診のあった日は、終わった後も施設のそこかしこに彼らの声が残っているようで、その声までも拾い集めるように片付けをした。ちょっと待って、その振り込み、とか、つくっていこう、誰かが君を語ることのできる街、とか、一寸先は少し明るいはず、とか、あなたと一緒に月しろ(注2)を待つ、などと書かれた行政や町会の標語の懸垂幕を施設の外壁に下げる。これはナバタメさんに任された仕事で、この仕事を任されると一人前と認められることになる。そして、ナバタメさんはこの標語を決める会議になぜか時折参加しているらしい(けれど、これらの文言は本当に外壁に下げられているのだろうか)。掃除機は、子熊くらいの大きさと重さであり(と、澄香が言う)、これを引っ張りながらよく滑る廊下を移動して行く。掃除中のコードは、歩行者の邪魔にならないように、見た目もすっきりしなければならないというルールがあって、壁と並行にして沿わせて移動しなくてはならない。文化センターの第四金曜日の午後の琴のサークルの時空を曲げるような、半永久的に続くような弦を弾く音を聴きながら、階段の滑り止めをひとすじずつ掃除するのが澄香の一番好きな作業だった。
ナバタメさんにも会ったことはない。漢字の表記も知らない。でも、彼のことをよく知っている。晴れている日よりも、曇り空で、雨の降る直前の匂いが漂うような、そんなのが似合うひと。澄香の職場の一年先輩で年齢は澄香より十五歳上の四十四歳、痩(や)せ型、趣味は川釣り、歩いていると誰かの落し物を見つけて拾うことが多くて、宴席は常に壁寄りを好み、ずっと枝豆なんかをつまんでいる。仕事の手順や職場のひととの付き合い方というような話よりも、昨日釣った魚やその川水の冷たさや透明さや、岩に這(は)う苔(こけ)のやわらかさ、そんなことを話すひとで、少し寂しがりで、夜になると、これは私の想像だけど、少年の頃から親しんでいる詩集の中からその晩にふさわしい一篇(ぺん)の詩を選び出し、その世界にゆっくりと身を投じてゆくように読んでから眠りに就くひとだ。
澄香のこの職場は彼女が美大(注3)を卒業してから幾つ目だろう。この前は商店街にある耳鼻科の受付だった。耳鼻科の前は246号線(注4)の向こう側の学校の給食センター、給食センターの前は馬喰町(ばくろちょう)(注5)の布問屋、その前は外苑(がいえん)のデザイン事務所。今の仕事は私と同じく今年で三年目だから、これまでで最も続いていることになる。
わたしたち姉妹は、仕事が長続きしない。
「それでも働き続けているのだから、上出来じゃない」と父は言うものだから、それもそうか、と簡単にわたしたちは腑(ふ)に落ちる。父は些細なことを上出来じゃない、と褒める。出汁(だし)巻きたまごが少し破れてしまった時や、切り返し(注6)をしながらバックで駐車をした時や、忘れ物に気が付いて急いで家に取りに戻った時。新しい仕事に就き、父に上出来じゃないと言ってもらい、今度は、きちんとしようと毎回思うけれど、しばらくすると澄香は物事を納得できなくなり、私はC 水越しに見るようなぼやけた世界がさらに歪(ゆが)んで見えてくるのだった。
「春野の会社の主任さんは、今は週に何日同居してるの?」
「週二日のままだよ」
主任は二年程前から妻子と別居しており、最近になって妻子のいる家で週二日過ごすことになっていた。
「週休二日か」「週休?妻子と過ごす日って休日の類(たぐい)なのかな?」「休日じゃないの?」「でも、同居の前日は、主任夕方から電話のかけ違いが(イ)やたら多くなるよ」とわたしたちが話してると、父が、まあでもそれが主任さんたちのふつうなんでしょう、と言った。
ひとりだったり、三人だったりで暮らしている主任のいる衛生用品を扱う小さな商社が、私の三つ目の勤め先だった。急行の停(と)まらない最寄り駅から歩いて十五分程の場所にあるその会社は、社員の氏名をひとりずつ言えるくらいの規模で、部長という役職は存在せず、主任と課長と社長と皆同じ部屋で仕事をしている。総務部で私に任されている仕事は、文房具や備品の補充をしたり、交通費や出金請求の申請書の受付をしたり、年末の全社員で行う親睦会の会場を探したり、毎年参加する地域の盆踊り大会の手伝いなどで、毎週、毎月、季節ごとに決められたことに対処していくものだった。何かを変えようとか、変えないとか、どちらも自分には関係のないことと思うために、結局変わらないよね、と批評しているひとの(ウ)はす向かい辺りでその話を聞いているような私の働き方の姿勢は、三つ目の会社へ移っても同じだった。
「私のふつうは、どんなだろうなあ」さらさらと父が言った。
父は、さもありなん、というようなスタンスのひとで、さもありなん、そんなこともあるだろうさ、というようなことを父が言うと澄香と私はくっつき過ぎた気持ちと自分の間に隙間ができて、執着していた気持ちを、ついと手放してしまうことができるのだった。未練なく手放したその気持ちは、あっさりとただの「もの」のようになってしまう。D だから父のさもありなんは、澄香と私を楽にしてくれる。

(注1)棕櫚 ―― やし科の常緑高木。
(注2)月しろ ―― 月が出ようとする時、空が明るくしらんで見えること。
(注3)美大 ―― 美術大学の略。
(注4)246号線 ―― 東京都から静岡県に至る国道。
(注5)馬喰町 ―― 東京都内の地名。直後の外苑(明治神宮外苑)も同じ。
(注6)切り返し ―― 一方に回したハンドルを反対に回して、車の進行方向を修正すること。

下線部イの語句の本文中における意味として最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。

(イ)やたら
  • 急に
  • 極端に
  • 確かに
  • 妙に

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この過去問の解説 (3件)

01

語句の意味を問う問題です。「やたら」は、「度を越して。むやみに」といった意味があります。

本文中では、「私」が主任について、妻子とともに過ごす日の前日夕方から電話のかけ違いが「やたら(度を越して)」多くなることを表すものとして使われています。

選択肢1. 急に

不適当です。

「やたら」にこのような意味はありません。

選択肢2. 極端に

これが最も適当です。

「極端に」は、「普通の程度をはるかに超えている」ということであり、「度を越して(やたら)」の意味に沿いますし、他の選択肢と比べても最も適当でしょう。

選択肢3. 確かに

不適当です。

「やたら」にこのような意味はありません。

選択肢4. 妙に

不適当です。

「やたら」にこのような意味はありません。

まとめ

本文の文脈上当てはまるものを選ぶだけでは、語彙設問は正解できません。純粋に、語句の辞書的意味を踏まえる必要があります。「本文中における意味」として適切なものを選ぶ必要がありますが、本来の語彙から外れたものは不適当なのです。

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02

正答は「極端に」です。
日常生活でも使うことがあるため回答しやすい問題でしょう。
 

それでは各選択肢を、類語とともに見ていきます。

選択肢1. 急に

不適当です。


類語には「不意に」「にわかに」などがあります。
「にわか雨」は「急に降り出す雨」のことなので覚えやすいでしょう。

選択肢2. 極端に

適当です。


「受験科目がやたら多い」「夏休みの宿題がやたら多い」など、使う場面は多々あるでしょう。

選択肢3. 確かに

不適当です。


「確かに」は確実性を示すときと、不確定性を示すときがあります。

 

確実性を示すときには「間違いなく」「必ず」などと言い換えられます。

 

不確定性を示すときには、「きっと」「恐らく」などが類語となります。
 

たとえば、
「どうして宿題を忘れたの?」
「確かに持ってきたはずなんだけど…」
「本当に宿題やったの?」
「確かにやったはず…」
などの文脈で使われているときが、不確定性を示す「確かに」です。

選択肢4. 妙に

不適当です。


「妙」の基本の意味は「この世のものとは思えない」です。
そこから転じて「この世のものとは思えないほどすばらしい」の意味と「この世のものとは思えないほど不可解だ」の意味があります。

 

類語としては、前者では「目覚ましい」「妙(たえ)なる」などがあります。

後者としては「奇妙な」「いやに」などが挙げられます。

 

ちなみに、日本語でいう「やばい」、英語でいう「awesome」が「妙に」にぴったりの類語です。

最高に素晴らしいとき、この世のものとは思えないほどおぞましく酷いとき、どちらに対しても「やばい」と「awesome」は使えます。

まとめ

前問と同じく慣用句への理解度を問うている問題です。


また、意味がわからなくとも文脈から類推できます。
時間をかけずに正解しておきたい問題です。

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03

「やたら」は、「度を越えている様子」を意味します。

まとめ

どの選択肢も下線部イに当てはめると自然な流れで読めてしまうので、「度を越えている様子」という辞書的意味をきちんと踏まえて客観的に解答を選ぶことが重要です。

参考になった数0