大学入学共通テスト(国語) 過去問
令和5年度(2023年度)本試験
問21 (第3問(古文) 問1)
問題文
次の文章は源俊頼(としより)が著した『俊頼髄脳(としよりずいのう)』の一節で、殿上人たちが、皇后寛子のために、寛子の父・藤原頼通の邸内で船遊びをしようとするところから始まる。これを読んで、後の問いに答えよ。なお、設問の都合で本文の段落に番号を付してある。
[1] 宮司(みやづかさ)(注1)ども集まりて、船をばいかがすべき、紅葉(もみぢ)を多くとりにやりて、船の屋形にして、船(ふな)さし(注2)は侍(さぶらひ)のa 若からむをさしたりければ、俄(にはか)に狩袴(かりばかま)染めなどして(注3)きらめきけり。その日になりて、人々、皆参り集まりぬ。「御船はまうけたりや」と尋ねられければ、「皆まうけて侍り」と申して、その期(ご)になりて、島がくれ(注4)より漕(こ)ぎ出(い)でたるを見れば、なにとなく、ひた照(て)りなる船を二つ、装束(さうぞ)き出でたるけしき、いとをかしかりけり。
[2] 人々、皆乗り分かれて、管絃(くわんげん)の具ども、御前より申し出だして(注5)、そのことする人々、前におきて、ア やうやうさしまはす程に、南の普賢堂に、宇治の僧正(注6)、僧都(そうづ)の君と申しける時、御修法(みずほふ)しておはしけるに、かかることありとて、もろもろの僧たち、大人、若き、集まりて、庭にゐなみたり。童部(わらはべ)、供(とも)法師にいたるまで、繡花(しうくわ)(注7)装束きて、さし退(の)きつつ群がれゐたり。
[3] その中に、良暹(りやうぜん)といへる歌よみのありけるを、殿上人、見知りてあれば、「良暹がさぶらふか」と問ひければ、良暹、目もなく笑みて(注8)、平(ひら)がりてさぶらひければ、かたはらに若き僧の侍りけるが知り、「b さに侍り」と申しければ、「あれ、船に召して乗せて連歌(れんが)(注9)などせさせむは、いかがあるべき」と、いま一つの船の人々に申しあはせければ、「いかが。あるべからず。後の人や、さらでもありぬべかりけることかなとや申さむ」などありければ、さもあることとて、乗せずして、たださながら連歌などはせさせてむなど定めて、近う漕ぎよせて、「良暹、さりぬべからむ連歌などして参らせよ」と、人々申されければ、さる者にて、もしさやうのこともやあるとてc まうけたりけるにや、聞きけるままに程もなくかたはらの僧にものを言ひければ、その僧、イ ことごとしく歩みよりて、
「もみぢ葉のこがれて見ゆる御船(みふね)かな
と申し侍るなり」と申しかけて帰りぬ。
[4] 人々、これを聞きて、船々に聞かせて、付けむとしけるが遅かりければ、船を漕ぐともなくて、やうやう築島(つくじま)をめぐりて、一めぐりの程に、付けて言はむとしけるに、え付けざりければ、むなしく過ぎにけり。「いかに」「遅し」と、たがひに船々あらそひて、二(ふた)めぐりになりにけり。なほ、え付けざりければ、船を漕がで、島のかくれにて、「ウ かへすがへすもわろきことなり、これをd 今まで付けぬは。日はみな暮れぬ。いかがせむずる」と、今は、付けむの心はなくて、付けでやみなむことを嘆く程に、何事もe 覚えずなりぬ。
[5] ことごとしく管絃の物の具申しおろして船に乗せたりけるも、いささか、かきならす人もなくてやみにけり。かく言ひ沙汰する程に、普賢堂の前にそこばく多かりつる人、皆立ちにけり。人々、船よりおりて、御前にて遊ばむなど思ひけれど、このことにたがひて、皆逃げておのおの失(う)せにけり。宮司、まうけしたりけれど、いたづらにてやみにけり。
(注1)宮司 ――― 皇后に仕える役人。
(注2)船さし ――― 船を操作する人。
(注3)狩袴染めなどして ――― 「狩袴」は狩衣を着用する際の袴。これを、今回の催しにふさわしいように染めたということ。
(注4)島がくれ ――― 島陰。頼通邸の庭の池には島が築造されていた。そのため、島に隠れて邸(やしき)側からは見えにくいところがある。
(注5)御前より申し出だして ――― 皇后寛子からお借りして。
(注6)宇治の僧正 ――― 頼通の子、覚円。寛子の兄。寛子のために邸内の普賢堂で祈禱(きとう)をしていた。
(注7)繡花 ――― 花模様の刺繍(ししゅう)。
(注8)目もなく笑みて ――― 目を細めて笑って。
(注9)連歌 ――― 五・七・五の句と七・七の句を交互に詠んでいく形態の詩歌。前の句に続けて詠むことを、句を付けるという。
下線部アの解釈として最も適当なものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
ア やうやうさしまはす程に
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問題
大学入学共通テスト(国語)試験 令和5年度(2023年度)本試験 問21(第3問(古文) 問1) (訂正依頼・報告はこちら)
次の文章は源俊頼(としより)が著した『俊頼髄脳(としよりずいのう)』の一節で、殿上人たちが、皇后寛子のために、寛子の父・藤原頼通の邸内で船遊びをしようとするところから始まる。これを読んで、後の問いに答えよ。なお、設問の都合で本文の段落に番号を付してある。
[1] 宮司(みやづかさ)(注1)ども集まりて、船をばいかがすべき、紅葉(もみぢ)を多くとりにやりて、船の屋形にして、船(ふな)さし(注2)は侍(さぶらひ)のa 若からむをさしたりければ、俄(にはか)に狩袴(かりばかま)染めなどして(注3)きらめきけり。その日になりて、人々、皆参り集まりぬ。「御船はまうけたりや」と尋ねられければ、「皆まうけて侍り」と申して、その期(ご)になりて、島がくれ(注4)より漕(こ)ぎ出(い)でたるを見れば、なにとなく、ひた照(て)りなる船を二つ、装束(さうぞ)き出でたるけしき、いとをかしかりけり。
[2] 人々、皆乗り分かれて、管絃(くわんげん)の具ども、御前より申し出だして(注5)、そのことする人々、前におきて、ア やうやうさしまはす程に、南の普賢堂に、宇治の僧正(注6)、僧都(そうづ)の君と申しける時、御修法(みずほふ)しておはしけるに、かかることありとて、もろもろの僧たち、大人、若き、集まりて、庭にゐなみたり。童部(わらはべ)、供(とも)法師にいたるまで、繡花(しうくわ)(注7)装束きて、さし退(の)きつつ群がれゐたり。
[3] その中に、良暹(りやうぜん)といへる歌よみのありけるを、殿上人、見知りてあれば、「良暹がさぶらふか」と問ひければ、良暹、目もなく笑みて(注8)、平(ひら)がりてさぶらひければ、かたはらに若き僧の侍りけるが知り、「b さに侍り」と申しければ、「あれ、船に召して乗せて連歌(れんが)(注9)などせさせむは、いかがあるべき」と、いま一つの船の人々に申しあはせければ、「いかが。あるべからず。後の人や、さらでもありぬべかりけることかなとや申さむ」などありければ、さもあることとて、乗せずして、たださながら連歌などはせさせてむなど定めて、近う漕ぎよせて、「良暹、さりぬべからむ連歌などして参らせよ」と、人々申されければ、さる者にて、もしさやうのこともやあるとてc まうけたりけるにや、聞きけるままに程もなくかたはらの僧にものを言ひければ、その僧、イ ことごとしく歩みよりて、
「もみぢ葉のこがれて見ゆる御船(みふね)かな
と申し侍るなり」と申しかけて帰りぬ。
[4] 人々、これを聞きて、船々に聞かせて、付けむとしけるが遅かりければ、船を漕ぐともなくて、やうやう築島(つくじま)をめぐりて、一めぐりの程に、付けて言はむとしけるに、え付けざりければ、むなしく過ぎにけり。「いかに」「遅し」と、たがひに船々あらそひて、二(ふた)めぐりになりにけり。なほ、え付けざりければ、船を漕がで、島のかくれにて、「ウ かへすがへすもわろきことなり、これをd 今まで付けぬは。日はみな暮れぬ。いかがせむずる」と、今は、付けむの心はなくて、付けでやみなむことを嘆く程に、何事もe 覚えずなりぬ。
[5] ことごとしく管絃の物の具申しおろして船に乗せたりけるも、いささか、かきならす人もなくてやみにけり。かく言ひ沙汰する程に、普賢堂の前にそこばく多かりつる人、皆立ちにけり。人々、船よりおりて、御前にて遊ばむなど思ひけれど、このことにたがひて、皆逃げておのおの失(う)せにけり。宮司、まうけしたりけれど、いたづらにてやみにけり。
(注1)宮司 ――― 皇后に仕える役人。
(注2)船さし ――― 船を操作する人。
(注3)狩袴染めなどして ――― 「狩袴」は狩衣を着用する際の袴。これを、今回の催しにふさわしいように染めたということ。
(注4)島がくれ ――― 島陰。頼通邸の庭の池には島が築造されていた。そのため、島に隠れて邸(やしき)側からは見えにくいところがある。
(注5)御前より申し出だして ――― 皇后寛子からお借りして。
(注6)宇治の僧正 ――― 頼通の子、覚円。寛子の兄。寛子のために邸内の普賢堂で祈禱(きとう)をしていた。
(注7)繡花 ――― 花模様の刺繍(ししゅう)。
(注8)目もなく笑みて ――― 目を細めて笑って。
(注9)連歌 ――― 五・七・五の句と七・七の句を交互に詠んでいく形態の詩歌。前の句に続けて詠むことを、句を付けるという。
下線部アの解釈として最も適当なものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
ア やうやうさしまはす程に
- さりげなく池を見回すと
- あれこれ準備するうちに
- 徐々に船を動かすうちに
- 次第に船の方に集まると
- 段々と演奏が始まるころ
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この過去問の解説 (3件)
01
「やうやう」と「さしまはす」の意味が正しく取れるかがポイントです。
「やうやう」は「徐々に」という意味のごく基礎的な単語ですので、必ず押さえておきましょう。
「さしまはす」は必ずしも暗記している必要はありません。
人々が船に乗り込んでいる状況を読み取ることができていれば、この文章においては「船を動かすこと」を意味しているのではないかと推測可能だからです。
以上をふまえて選択肢を見ていきましょう。
「やうやう」「さしまはす」が両方とも正しく訳せているこの選択肢が正解です。
正解以外の選択肢では、「やうやう」「さしまはす」の両方またはどちらかの意味の取り方が誤っています。
なお、「やうやうさしまはす程に」のような平仮名ばかりが並んでいる語句は、文字を入れ違いで読んでしまう等のちょっとしたミスで意味が取れなくなってしまう可能性もあります。
一見して意味が頭に入ってこない場合は斜線で区切る、傍点を付ける等の工夫をして、落ち着いて読むようにしましょう。
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02
この問題を解答するポイントは以下の2点です。
①やうやう、さしまはすの意味が分かるか。
②品詞分解ができるか。
「やうやう」の意味を間違えているため、不適当です。
「やうやう」の意味を間違えているため、不適当です。
文章の内容に沿った記述です。
「さしまわす」の意味を間違えているため、不適当です。
「さしまわす」の意味を間違えているため、不適当です。
最初に提示したとおり、解答するポイントは以下の2点です。
①やうやう、さしまはすの意味が分かるか。
→「やうやう」は、次第に、だんだん、少しずつ、おもむろに、といった意味を持つ単語です。
→「さしまはす」は「(注2)船さし:船を操作する人」より、操船する様子を類推することができます。
②品詞分解ができるか。
やうやうさしまはす程に = やうやう/さしまはす/程/に
に:格助詞「に」
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03
「ようようさしまわす程に」を品詞分解しましょう。
副詞の「ようよう」は「だんだん」「徐々に」の意味です。
接頭語「さし」と動詞「まわす」で「さしまわす」というひとつの動詞となっています。
意味は「まわす」と同じで、「回す」から転じて「動く」「送る」など移動を表します。
名詞の「程」は、時間や空間の広がり、身分の意味をもちますが、平安中期頃から副助詞の「程に」として「〜していると」「~しているうちに」の意味でも使われるようになりました。
名詞の「程」と動詞の「なり」の連体形と解釈しても問題ありません。
この問題の正答は「徐々に船を動かすうちに」となります。
どこが正しくてどこが誤りなのか、他の選択肢も見ていきましょう。
不適当です。
「ようよう」に「さりげなく」の意味はありません。
また接頭語の「さし」は後の動詞の意味を強めるだけの働きであり、「見る」の意味はありません。
「程に」の訳はあっていますが、他が不適当です。
「あれこれ」に該当する単語は「何やかや」「何くれ」などになります。
「手回し」などの「準備」に当たる単語があるため迷うかもしれませんが、「回す」だけであれば「準備」の意味はありません。
解説冒頭で述べた通りの意味であり、適当です。
「船を」がどこから出てくるのかわかりづらいでしょうが、下線部アの含まれる文章は「人々、皆(船に)乗り分かれて」と、船に乗り込んでからの話をしています。
下線部アの前後を現代語訳すると、
「楽器を弾く人々が楽器を借りて人前で演奏を始めたところ、徐々に船を動かすうちに、南の普賢堂に着いて、〜」
となります。
不適当です。
「次第に」は「ようよう」の訳としてなくはありません。
しかし、「船の方に集まると」の主語を考えると、今は殿上人たちの遊びの話をしているため「殿上人たち」や「人々」となるでしょう。
すると船に乗って演奏を聴いて遊ぶ人たちの話をしているのに、突然「人々が船へ集まる」と謎の人々が登場することになります。
下線部アのうしろは「南の普賢堂に着いて」であり、突然出てきた人々は一瞬で消えているため、文章がつながりません。
「まわす」に「集まる」の意味がないことからも不適当となります。
「演奏が始まる」が不適当です。
「ようよう」「程に」の訳は誤りではありませんが、「回す」に「始まる」の意味はありません。
主語が「演奏」になっていることも、今まで船の上での人々の動きを説明していたことと矛盾します。
古文では主語が変わるのであれば明記するか、敬語で表現します。
「俊頼髄脳」は篳篥という楽器の名手で有名な歌人でもあった源俊頼が書いた随筆で、現代でいえば超有名アーティストのプライベートコラムやSNSのようなものです。
源俊頼は「憂かりける人を初瀬の山おろしよはげしかれとは祈らぬものを」の歌で百人一首にも選ばれた平安後期の歌人のため、知っている人も多いでしょう。
「俊頼髄脳」という難しい漢字だらけのタイトルに臆さず、一語一語分解して読めばきちんと理解できます。
まずは下線部を単語ごとに分解して、品詞を考える癖をつけましょう。
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