大学入学共通テスト(国語) 過去問
令和6年度(2024年度)本試験
問26 (第3問(古文) 問4)
問題文
桂の院つくりそへ給ふものから、(ア)あからさまにも渡り給(たま)はざりしを、友待つ雪(注1)にもよほされてなむ、ゆくりなく思し立たす(注2)める。かうやうの御歩(あり)きには、源少将、藤式部をはじめて、今の世の有職(いうそく)と聞こゆる若人のかぎり、必ずしも召しまつはしたりしを、(イ)とみのことなりければ、かくとだにもほのめかし給はず、「ただ親しき家司(けいし)(注3)四人五人(よたりいつたり)して」とぞ思しおきて給ふ。
やがて御車引き出(い)でたるに、「空より花の」(注4)とa うち興じたりしも、めでゆくまにまにいつしかと散りうせぬるは、かくてやみぬとにやあらむ。「さるはいみじき出で消えにこそ」と、人々死に返り(注5)妬(ねた)がるを、「げにあへなく口惜し」と思せど、「さてb 引き返さむも人目悪(わろ)かめり。なほ法輪の八講(注6)にことよせて」と思しなりて、ひたやりに急がせ給ふほど、またもつつ闇(注7)に曇りみちて、ありしよりけに散り乱れたれば、道のほとりに御車たてさせつつ見給ふに、何がしの山、くれがしの河原も、ただ時の間にc 面(おも)変はりせり。
かのしぶしぶなりし人々も、いといたう笑み曲げて、「これや小倉(をぐら)の峰(注8)ならまし」「それこそ梅津の渡(注9)りならめ」と、口々に定めあへるものから、松と竹とのけぢめをだに、とりはづしては違(たが)へぬべかめり。「あはれ、世に面白しとはかかるをや言ふならむかし。なほここにてを見栄(は)やさまし(注10)」とて、やがて下簾(したすだれ)(注11)かかげ給ひつつ、
① ここもまた月の中なる里ならし雪の光もよに似ざりけり
などd 興ぜさせ給ふほど、(ウ)かたちをかしげなる童(わらは)の水干(すいかん)着たるが、手を吹く吹く御あと尋(と)め来て、榻(しぢ)(注12)のもとにうずくまりつつ、「これ御車に」とて差し出でたるは、源少将よりの御消息なりけり。e 大夫(たいふ)とりつたへて奉るを見給ふに、「いつも後(おく)らかし給はぬを、かく、
X 白雪のふり捨てられしあたりには恨みのみこそ千重に積もれれ」
とあるを、ほほ笑み給ひて、畳紙(たたうがみ)に、
Y 尋め来やとゆきにしあとをつけつつも待つとは人の知らずやありけむ
やがてそこなる松を雪ながら折らせ給ひて、その枝に結びつけてぞたまはせたる。
やうやう暮れかかるほど、さばかり天霧(あまぎ)らひ(注13)たりしも、いつしかなごりなく晴れわたりて、②名に負ふ里の月影はなやかに差し出でたるに、雪の光もいとどしく映えまさりつつ、天地(あめつち)のかぎり、白銀(しろかね)うちのべたらむがごとくきらめきわたりて、あやにまばゆき夜のさまなり。
院の預かり(注14)も出で来て、「かう渡らせ給ふとも知らざりつれば、とくも迎へ奉らざりしこと」など言ひつつ、頭(かしら)ももたげで、よろづに追従するあまりに、牛の額の雪かきはらふとては、軛(くびき)に触れて烏帽子(えぼし)を落とし、御車やるべき道清むとては、あたら雪をも踏みしだきつつ、足手の色を海老(えび)になして(注15)、桂風(かつらかぜ)を引き歩く。人々、「いまはとく引き入れてむ。かしこのさまもいとゆかしきを」とて、もろそそき(注16)にそそきあへるを、「げにも」とは思すものから、ここもなほ見過ぐしがたうて。
(注1)友待つ雪 ―― 後から降ってくる雪を待つかのように消え残っている雪。
(注2)思し立たす ―― 「す」はここでは尊敬の助動詞。
(注3)家司 ―― 邸(やしき)の事務を担当する者。後出の「大夫」はその一人。
(注4)空より花の ―― 『古今和歌集』の「冬ながら空より花の散りくるは雲のあなたは春にやあるらむ」という和歌をふまえた表現。
(注5)死に返り ―― とても強く。
(注6)法輪の八講 ―― 「法輪」は京都市西京区にある法輪寺。「八講」は『法華経』全八巻を講義して讃(たた)える法会。
(注7)つつ闇 ―― まっくら闇。
(注8)小倉の峰 ―― 京都市右京区にある小倉山。
(注9)梅津の渡り ―― 京都市右京区の名所。桂川左岸に位置する。
(注10)ここにてを見栄やさまし ―― ここで見て賞美しよう。
(注11)下簾 ―― 牛車(ぎっしゃ)の前後の簾(下図参照)の内にかける帳(とばり)。
(注12)榻 ―― 牛車から牛をとり放したとき、「軛(くびき)」を支える台(下図参照)。牛車に乗り降りする際に踏み台ともする。
(注13)天霧ひ ―― 「天霧らふ」は雲や霧などがかかって空が一面に曇るという意。
(注14)院の預かり ―― 桂の院の管理を任された人。
(注15)海老になして ―― 海老のように赤くして。
(注16)もろそそき ―― 「もろ」は一斉に、「そそく」はそわそわするという意。
下線部a〜eについて、語句と表現に関する説明として最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
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問題
大学入学共通テスト(国語)試験 令和6年度(2024年度)本試験 問26(第3問(古文) 問4) (訂正依頼・報告はこちら)
桂の院つくりそへ給ふものから、(ア)あからさまにも渡り給(たま)はざりしを、友待つ雪(注1)にもよほされてなむ、ゆくりなく思し立たす(注2)める。かうやうの御歩(あり)きには、源少将、藤式部をはじめて、今の世の有職(いうそく)と聞こゆる若人のかぎり、必ずしも召しまつはしたりしを、(イ)とみのことなりければ、かくとだにもほのめかし給はず、「ただ親しき家司(けいし)(注3)四人五人(よたりいつたり)して」とぞ思しおきて給ふ。
やがて御車引き出(い)でたるに、「空より花の」(注4)とa うち興じたりしも、めでゆくまにまにいつしかと散りうせぬるは、かくてやみぬとにやあらむ。「さるはいみじき出で消えにこそ」と、人々死に返り(注5)妬(ねた)がるを、「げにあへなく口惜し」と思せど、「さてb 引き返さむも人目悪(わろ)かめり。なほ法輪の八講(注6)にことよせて」と思しなりて、ひたやりに急がせ給ふほど、またもつつ闇(注7)に曇りみちて、ありしよりけに散り乱れたれば、道のほとりに御車たてさせつつ見給ふに、何がしの山、くれがしの河原も、ただ時の間にc 面(おも)変はりせり。
かのしぶしぶなりし人々も、いといたう笑み曲げて、「これや小倉(をぐら)の峰(注8)ならまし」「それこそ梅津の渡(注9)りならめ」と、口々に定めあへるものから、松と竹とのけぢめをだに、とりはづしては違(たが)へぬべかめり。「あはれ、世に面白しとはかかるをや言ふならむかし。なほここにてを見栄(は)やさまし(注10)」とて、やがて下簾(したすだれ)(注11)かかげ給ひつつ、
① ここもまた月の中なる里ならし雪の光もよに似ざりけり
などd 興ぜさせ給ふほど、(ウ)かたちをかしげなる童(わらは)の水干(すいかん)着たるが、手を吹く吹く御あと尋(と)め来て、榻(しぢ)(注12)のもとにうずくまりつつ、「これ御車に」とて差し出でたるは、源少将よりの御消息なりけり。e 大夫(たいふ)とりつたへて奉るを見給ふに、「いつも後(おく)らかし給はぬを、かく、
X 白雪のふり捨てられしあたりには恨みのみこそ千重に積もれれ」
とあるを、ほほ笑み給ひて、畳紙(たたうがみ)に、
Y 尋め来やとゆきにしあとをつけつつも待つとは人の知らずやありけむ
やがてそこなる松を雪ながら折らせ給ひて、その枝に結びつけてぞたまはせたる。
やうやう暮れかかるほど、さばかり天霧(あまぎ)らひ(注13)たりしも、いつしかなごりなく晴れわたりて、②名に負ふ里の月影はなやかに差し出でたるに、雪の光もいとどしく映えまさりつつ、天地(あめつち)のかぎり、白銀(しろかね)うちのべたらむがごとくきらめきわたりて、あやにまばゆき夜のさまなり。
院の預かり(注14)も出で来て、「かう渡らせ給ふとも知らざりつれば、とくも迎へ奉らざりしこと」など言ひつつ、頭(かしら)ももたげで、よろづに追従するあまりに、牛の額の雪かきはらふとては、軛(くびき)に触れて烏帽子(えぼし)を落とし、御車やるべき道清むとては、あたら雪をも踏みしだきつつ、足手の色を海老(えび)になして(注15)、桂風(かつらかぜ)を引き歩く。人々、「いまはとく引き入れてむ。かしこのさまもいとゆかしきを」とて、もろそそき(注16)にそそきあへるを、「げにも」とは思すものから、ここもなほ見過ぐしがたうて。
(注1)友待つ雪 ―― 後から降ってくる雪を待つかのように消え残っている雪。
(注2)思し立たす ―― 「す」はここでは尊敬の助動詞。
(注3)家司 ―― 邸(やしき)の事務を担当する者。後出の「大夫」はその一人。
(注4)空より花の ―― 『古今和歌集』の「冬ながら空より花の散りくるは雲のあなたは春にやあるらむ」という和歌をふまえた表現。
(注5)死に返り ―― とても強く。
(注6)法輪の八講 ―― 「法輪」は京都市西京区にある法輪寺。「八講」は『法華経』全八巻を講義して讃(たた)える法会。
(注7)つつ闇 ―― まっくら闇。
(注8)小倉の峰 ―― 京都市右京区にある小倉山。
(注9)梅津の渡り ―― 京都市右京区の名所。桂川左岸に位置する。
(注10)ここにてを見栄やさまし ―― ここで見て賞美しよう。
(注11)下簾 ―― 牛車(ぎっしゃ)の前後の簾(下図参照)の内にかける帳(とばり)。
(注12)榻 ―― 牛車から牛をとり放したとき、「軛(くびき)」を支える台(下図参照)。牛車に乗り降りする際に踏み台ともする。
(注13)天霧ひ ―― 「天霧らふ」は雲や霧などがかかって空が一面に曇るという意。
(注14)院の預かり ―― 桂の院の管理を任された人。
(注15)海老になして ―― 海老のように赤くして。
(注16)もろそそき ―― 「もろ」は一斉に、「そそく」はそわそわするという意。
下線部a〜eについて、語句と表現に関する説明として最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
- a 「うち興じたりしも」の「し」は強意の副助詞で、雪が降ることに対する主人公の喜びの大きさを表している。
- b 「引き返さむも」の「む」は仮定・婉曲の助動詞で、引き返した場合の状況を主人公が考えていることを表している。
- c 「面変はりせり」の「せり」は「り」が完了の助動詞で、人々の顔色が寒さで変化してしまったことを表している。
- d 「興ぜさせ給ふ」の「させ」は使役の助動詞で、主人公が和歌を詠んで人々を楽しませたことを表している。
- e 「大夫とりつたへて奉るを見給ふ」の「給ふ」は尊敬の補助動詞で、作者から大夫に対する敬意を表している。
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この過去問の解説 (3件)
01
語句と表現に関する説明です。文法的な知識と、本文の解釈と、二つの力が求められます。どちらも正しく判断できるよう知識を身につけておく必要があるでしょう。
不適当です。
「し」は、助動詞「たり」の連用形に接続する過去の助動詞「き」の連体形です。
強意の副助詞「し」は、「しも」の形になることも多いですが、強意の副助詞を用いているならば、それを省いても意味が通じるはずです。
しかし本文中で、「し」を省いて「うち興じたりも」とすると文意が変わってしまいます。過去形で訳すのが自然です。
これが最も適当です。
品詞分解すると、「引き返さ」「む」「も」となり、「む」は仮定・婉曲の助動詞です。ここでの「〜むも」は本来、「〜むことも」と、名詞が省略されている形と考えることができ、「む」は連体形です。
基本的に、文中にある連体形の「む」は、仮定・婉曲の意味と考えるのが一般的ですので、選択肢の内容は適切です。
また、波線部は主人公の心情を表す部分で、「引き返すようなことも人からの見え方が良くないようだ」のように訳せますので、選択肢の後半の内容も適しているといえます。
不適当です。後半の解釈を説明する部分が誤りです。
「面変はり」には、「顔つきが変わること」の意味のほか、「様子が変わること」の意味もあり、文脈からの判断が必要です。
今回、本文では波線部の前に、「何がしの山、くれがしの河原も」とあるので、山や河原が「面変はり」していると判断でき、人々の顔色のことを言っているのではありません。
不適当です。
「させ」は、尊敬の意味で使われています。
「せ給ふ」「させ給ふ」の形の「せ」「させ」は、尊敬の意味で使われることが多いです。使役の場合は、その対象が文脈から明らかなときのみなので、今回は不適です。
ここでは、主人公があたりの雪景色に感動して和歌を詠み、「興ぜさせ給ふ」と述べられるので、主人公自身が興に入っていると判断するのが自然です。
そのため、選択肢後半の「(前略)楽しませたことを」とする説明も不適当です。
不適当です。
「給ふ」は、動詞「見」の直後に付き、その直後に助詞「に」が続くため連体形であることを踏まえると、四段活用動詞の尊敬語だと判断できます。そのため選択肢の前半の文法的説明は問題ありません。
しかし、尊敬語は動作の主体へ敬意を示すものであるので、作者から「見」の動作をする人、つまり主人公へ敬意を示していると解釈するのが正しいです。
助動詞や助詞の文法的意味はもちろん、本文解釈や敬語の使い方まで、多方面の知識を測る問題でした。
本文を解釈する上で、助動詞・助詞・敬語などの理解は必須ですし、逆にそれらを押さえれば本文の文意もつかむことができますので、基本的な文法知識は身につけられるようにすると良いでしょう。
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02
主に古語の文法に関する知識が問われています。
接続する動詞の活用形や意味を根拠にして検討しましょう。
誤りです。
「し」は完了の助動詞「たり」の連用形に接続しており、過去の助動詞「き」の連体形です。
適当です。
主人公は引き返そうかと考えますが人目につくのを気にしてやめることにします。
それを仮定・婉曲の助動詞「む」の連体形で表現しています。
誤りです。
変わったのは山や河原の景色であって人の顔色ではありません。
誤りです。
「させ」は尊敬の助動詞「さす」の連用形で作者から主人公に対する敬意を表しています。
誤りです。
「給ふ」は作者から主人公に対する敬意を表しています。
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03
正しい説明はbです。
「引き返さむも」のむは仮定・婉曲の助動詞で、「もし引き返したら」という仮の状況を思い浮かべ、「人目によくないだろう」と主人公が判断していることを表しています。
「し」は過去の助動詞きの連体形で、出来事が過去に起こったことを示します。強意の副助詞ではありません。したがって誤りです。
むは「もし~ならば」と仮の条件を表す仮定・婉曲用法です。主人公は「ここで引き返したら人目が悪かろう」と考えています。説明は内容・文法ともに適切です。
「せり」は完了・存続の助動詞りですが、変化したのは山や河原の景色であり、人々の顔色ではありません。説明が事実と異なります。
「させ」は尊敬表現の一部で、使役ではありません。主人公が自ら和歌を詠み楽しんでいるさまを敬って述べています。説明は誤りです。
「給ふ」は尊敬の補助動詞で主人公を高めています。作者が敬っている相手は大夫ではなく主人公なので説明は誤りです。
「む」は文脈によって多くの働きをしますが、「~むも」の形で続くときは「もし~ならば」という仮定・婉曲になることがよくあります。本問ではその典型例で、主人公が「引き返す」という行為をあくまで仮のものとして評価している点がポイントでした。
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