大学入学共通テスト(国語) 過去問
令和7年度(2025年度)本試験
問26 (第4問(古文) 問4)
問題文
【文章Ⅰ】
右大臣の娘である大君(おおいぎみ)は、夫である左大臣の子を妊娠している。一方、右大臣の妹である女君は、かつて契りを交わした左大臣との関係が途絶え、苦悩を深めていた。そのころ、大君が病になり命が危うくなったため、僧が呼ばれて祈禱(きとう)をすることになった。
(注1)山の座主(ざす)、慌て参りたまへり。御枕上に呼び入れきこえて、右の大臣(おとど)、御手をすりて、仏にもの申すやうに、「ただ、いまひとたび、目を見合はせたまへ。あまたはべる中に、何の契りにか、(ア)いはけなくよりたぐひなく思ひそめはべりにし(注2)闇を、さらに(注3)晴るけはべらぬ」と、泣きまどひたまふに、いと静かに数珠(ずず)押し揉(も)みたまひて、「令百由旬内(りゃうひゃくゆじゅんない)、無諸衰患(むしょすいぐゑん)」と読みaたまへる御声、はるかに澄みのぼる心地するに、変はりゆく御けしき、いささか直りて、目をわづかに見開(あ)けたまへり。あるかぎり、(イ)なかなか(注5)手まどひをして、「誦経(ずきゃう)よ、何よ」とまどひたまふに、なほ心ある人とも見えず、御かたちも変はりたるやうにて、その人とも見えたまはず。いとにほひやかにけ近きものから、妬(ねた)げなるまみのけしき、左の大臣はさやうにも分(わ)きたまはず、父殿ぞ、いとあやしう、「思ひかけぬ人にも似たまへるかな」と心得ず思(おぼ)さるるに、うちみじろきて、
さまざまに朝夕こがす胸のうちをいづれのかたにしばし晴るけむ
とのたまふけはひ、いささかその人にもあらず、違(たが)ふべくもあらぬを、父大臣のみぞ、かへすがへす「あやし」と傾(かたぶ)かれたまふ。
さて、わが御心おはせねば、また消え入りつつ、さらにとまるべくもおはせぬを、「今はけしうbおはせじ」とおし静めつつ、いたく嗄(か)れたる御声やめて、薬師(やくし)の呪(ず)をかへすがへす読みたまふに、御もののけ現れ出(い)でて、小さき童(わらは)に(注7)駆り移されぬ。
(ウ)呼ばひののしる声に、今ぞ御心出で来るにや、人々のまもりcきこゆるを、「はしたなし」と思して御衣(ぞ)を引きふたぎたまふ。
(注1)山の座主 ――― 比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)の最高位にある僧。
(注2)闇 ――― 子を思うあまりに分別を失う親心のたとえ。「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」(『後撰(ごせん)和歌集』)による。
(注3)晴るけ ――― 下二段活用動詞「晴るく」の連用形。
(注4)令百由旬内、無諸衰患 ――― 『法華経(ほけきょう)』の一節。周囲から衰えや患いをなくすという内容。
(注5)手まどひ ――― 慌てふためく様子。
(注6)薬師の呪 ――― 薬師如来の力によって病気を治す呪文。
(注7)駆り移されぬ ――― 「駆り移す」は、もののけを病人から離して他の人に乗り移らせること。
【文章Ⅱ】
光源氏(本文では「院」)は、病になり生死の境をさまよう妻を救おうとしている。その病には、かつての光源氏の恋人であり、今は亡き女性が関わっていた。
院も、「ただ、いまひとたび、目を見合はせたまへ。いとあへなく限りなりつらむほどをだにえ見ずなりにけることの悔しく悲しきを」と思しまどへるさま、とまりたまふべきにもあらぬを見たてまつる心地ども、ただ推しはかるべし。いみじき御心のうちを仏も見たてまつりたまふにや、月ごろさらに現れ出で来(こ)ぬもののけ、小さき童に移りて呼ばひののしるほどに、やうやう生き出でたまふに、うれしくもゆゆしくも思し騒がる。
いみじく(注8)調(てう)ぜられて、「人はみな去りね。院一(ひと)ところの御耳に聞こえむ。おのれを、月ごろ、調じわびさせたまふが情けなくつらければ、同じくは思し知らせむと思ひつれど、さすがに命もたふまじく身をくだきて思しまどふを見たてまつれば、今こそかくいみじき身を受けたれ、いにしへの心の残りてこそかくまでも参り来たるなれば、ものの心苦しさをえ見過ぐさで、つひに現れぬること。さらに知られじと思ひつるものを」とて、髪を振りかけて泣くけはひ、ただ、(注9)昔見たまひしもののけのさまと見えたり。
(注8)調ぜられて ――― 「調ず」は、ここでは祈禱によって退散させようとすること。
(注9)昔見たまひしもののけ ――― このもののけは、以前にも光源氏の前に現れていた。
下線部a〜cの敬語の説明の組合せとして正しいものを、次のうちから一つ選べ。
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問題
大学入学共通テスト(国語)試験 令和7年度(2025年度)本試験 問26(第4問(古文) 問4) (訂正依頼・報告はこちら)
【文章Ⅰ】
右大臣の娘である大君(おおいぎみ)は、夫である左大臣の子を妊娠している。一方、右大臣の妹である女君は、かつて契りを交わした左大臣との関係が途絶え、苦悩を深めていた。そのころ、大君が病になり命が危うくなったため、僧が呼ばれて祈禱(きとう)をすることになった。
(注1)山の座主(ざす)、慌て参りたまへり。御枕上に呼び入れきこえて、右の大臣(おとど)、御手をすりて、仏にもの申すやうに、「ただ、いまひとたび、目を見合はせたまへ。あまたはべる中に、何の契りにか、(ア)いはけなくよりたぐひなく思ひそめはべりにし(注2)闇を、さらに(注3)晴るけはべらぬ」と、泣きまどひたまふに、いと静かに数珠(ずず)押し揉(も)みたまひて、「令百由旬内(りゃうひゃくゆじゅんない)、無諸衰患(むしょすいぐゑん)」と読みaたまへる御声、はるかに澄みのぼる心地するに、変はりゆく御けしき、いささか直りて、目をわづかに見開(あ)けたまへり。あるかぎり、(イ)なかなか(注5)手まどひをして、「誦経(ずきゃう)よ、何よ」とまどひたまふに、なほ心ある人とも見えず、御かたちも変はりたるやうにて、その人とも見えたまはず。いとにほひやかにけ近きものから、妬(ねた)げなるまみのけしき、左の大臣はさやうにも分(わ)きたまはず、父殿ぞ、いとあやしう、「思ひかけぬ人にも似たまへるかな」と心得ず思(おぼ)さるるに、うちみじろきて、
さまざまに朝夕こがす胸のうちをいづれのかたにしばし晴るけむ
とのたまふけはひ、いささかその人にもあらず、違(たが)ふべくもあらぬを、父大臣のみぞ、かへすがへす「あやし」と傾(かたぶ)かれたまふ。
さて、わが御心おはせねば、また消え入りつつ、さらにとまるべくもおはせぬを、「今はけしうbおはせじ」とおし静めつつ、いたく嗄(か)れたる御声やめて、薬師(やくし)の呪(ず)をかへすがへす読みたまふに、御もののけ現れ出(い)でて、小さき童(わらは)に(注7)駆り移されぬ。
(ウ)呼ばひののしる声に、今ぞ御心出で来るにや、人々のまもりcきこゆるを、「はしたなし」と思して御衣(ぞ)を引きふたぎたまふ。
(注1)山の座主 ――― 比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)の最高位にある僧。
(注2)闇 ――― 子を思うあまりに分別を失う親心のたとえ。「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」(『後撰(ごせん)和歌集』)による。
(注3)晴るけ ――― 下二段活用動詞「晴るく」の連用形。
(注4)令百由旬内、無諸衰患 ――― 『法華経(ほけきょう)』の一節。周囲から衰えや患いをなくすという内容。
(注5)手まどひ ――― 慌てふためく様子。
(注6)薬師の呪 ――― 薬師如来の力によって病気を治す呪文。
(注7)駆り移されぬ ――― 「駆り移す」は、もののけを病人から離して他の人に乗り移らせること。
【文章Ⅱ】
光源氏(本文では「院」)は、病になり生死の境をさまよう妻を救おうとしている。その病には、かつての光源氏の恋人であり、今は亡き女性が関わっていた。
院も、「ただ、いまひとたび、目を見合はせたまへ。いとあへなく限りなりつらむほどをだにえ見ずなりにけることの悔しく悲しきを」と思しまどへるさま、とまりたまふべきにもあらぬを見たてまつる心地ども、ただ推しはかるべし。いみじき御心のうちを仏も見たてまつりたまふにや、月ごろさらに現れ出で来(こ)ぬもののけ、小さき童に移りて呼ばひののしるほどに、やうやう生き出でたまふに、うれしくもゆゆしくも思し騒がる。
いみじく(注8)調(てう)ぜられて、「人はみな去りね。院一(ひと)ところの御耳に聞こえむ。おのれを、月ごろ、調じわびさせたまふが情けなくつらければ、同じくは思し知らせむと思ひつれど、さすがに命もたふまじく身をくだきて思しまどふを見たてまつれば、今こそかくいみじき身を受けたれ、いにしへの心の残りてこそかくまでも参り来たるなれば、ものの心苦しさをえ見過ぐさで、つひに現れぬること。さらに知られじと思ひつるものを」とて、髪を振りかけて泣くけはひ、ただ、(注9)昔見たまひしもののけのさまと見えたり。
(注8)調ぜられて ――― 「調ず」は、ここでは祈禱によって退散させようとすること。
(注9)昔見たまひしもののけ ――― このもののけは、以前にも光源氏の前に現れていた。
下線部a〜cの敬語の説明の組合せとして正しいものを、次のうちから一つ選べ。
- a:書き手(作者)から山の座主への敬意を示す尊敬語である。
b:山の座主から右大臣への敬意を示す丁寧語である。
c:人々から大君への敬意を示す尊敬語である。 - a:書き手(作者)から山の座主への敬意を示す尊敬語である。
b:山の座主から大君への敬意を示す尊敬語である。
c:書き手(作者)から大君への敬意を示す謙譲語である。 - a:書き手(作者)から山の座主への敬意を示す尊敬語である。
b:山の座主から右大臣への敬意を示す丁寧語である。
c:書き手(作者)から大君への敬意を示す謙譲語である。 - a:書き手(作者)から左大臣への敬意を示す尊敬語である。
b:山の座主から右大臣への敬意を示す丁寧語である。
c:書き手(作者)から大君への敬意を示す謙譲語である。 - a:書き手(作者)から左大臣への敬意を示す尊敬語である。
b:山の座主から大君への敬意を示す尊敬語である。
c:人々から大君への敬意を示す尊敬語である。
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この過去問の解説 (3件)
01
aについて、
地の文なので作者からの敬意であることが分かります。
台詞の前に「数珠押し揉みたまひて」とあることから、
相手は山の座主であると推測できます。
bについて、
選択肢を見ると山の座主からというものしかないため、
山の座主からの敬意です。
山の座主は大君を見てその様子を話しているため、
相手は大君であると推測できます。
cについて、
地の文なので作者からの敬意であることが分かります。
選択肢を見ると大君への敬意というものしかないため、
相手は大君です。
以上のことをふまえて各選択肢を検討していきます。
b:山の座主から右大臣への敬意を示す丁寧語である。
c:人々から大君への敬意を示す尊敬語である。
bとcが不適です。
b:山の座主から大君への敬意を示す尊敬語である。
c:書き手(作者)から大君への敬意を示す謙譲語である。
適当な選択肢です。
b:山の座主から右大臣への敬意を示す丁寧語である。
c:書き手(作者)から大君への敬意を示す謙譲語である。
bが不適です。
b:山の座主から右大臣への敬意を示す丁寧語である。
c:書き手(作者)から大君への敬意を示す謙譲語である。
aとbが不適です。
b:山の座主から大君への敬意を示す尊敬語である。
c:人々から大君への敬意を示す尊敬語である。
aとcが不適です。
地の文で使われる敬語はたいてい作者から登場人物の敬意を表します。
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02
敬語の種類が何であるかと、敬語が含まれている文の主語や補語を理解することが大事です。古文においては尊敬語は主語「〜が、〜は』の人や物、場所に対する敬意、謙譲語は補語「〜に、〜を」に対する敬意、丁寧語は読み手、聞き手など対者に対する敬意となっています。このように、敬語は省略されがちな主語の特定に役立つことから、文の解像度が大きく上がることになります。
では順番に見ていきましょう。まず、a「読みたまへる御声」ですが、「給ふ」は自卑敬語としての用法があり、学校文法では謙譲語として扱う場合がありますが、それは下二段活用となりますので、今回は違います(下二段であれば「御声」の体言に上接するために連体形、「たまふる」となっているはずです)。よって、よく使われる尊敬語の補助動詞として用いられています。そして、この部分の前にお経らしき呪文を唱えていることからも、これが僧侶、つまり山の座主であるということは容易に想像できます。よってこれは作者から山の座主への敬意となります。
次にb「今はけしうbおはせじ」です。選択肢を見ると全て山の座主からとなっていますし、発話者は山の座主と考えていいでしょう。そして「おはす」は「あり」の尊敬語ですので、この文を簡単に訳せば「今は変ではおられないようです」となります。文脈で先ほどまで具合の悪かったのは大君ですから、これは山の座主から大君への敬意となります。
この時点で選択肢は選べるのですが、一応、最後まで見ましょう。c「人々のまもりきこゆるを」ですが、「きこゆ」は動詞「まもる」とセットで使われていますので、ここは謙譲語の補助動詞として使われていると解しましょう。そして「人々が見守り申し上げている」のは誰かとなりますが、これも文脈から先ほどまで病に伏せっていた大君と考えるのが一番妥当です。よって作者から大君への敬意となります。
これらをすべて踏まえると、
a:書き手(作者)から山の座主への敬意を示す尊敬語である。
b:山の座主から大君への敬意を示す尊敬語である。
c:書き手(作者)から大君への敬意を示す謙譲語である。 が答えです。
b:山の座主から右大臣への敬意を示す丁寧語である。
c:人々から大君への敬意を示す尊敬語である。
bが右大臣への敬意となっている点で誤りです。
b:山の座主から右大臣への敬意を示す丁寧語である。
c:書き手(作者)から大君への敬意を示す謙譲語である。
bが右大臣への敬意を示す丁寧語となっている点で誤りです。
b:山の座主から右大臣への敬意を示す丁寧語である。
c:書き手(作者)から大君への敬意を示す謙譲語である。
aが左大臣への敬意を示しているという点で誤りです。
b:山の座主から大君への敬意を示す尊敬語である。
c:人々から大君への敬意を示す尊敬語である。
わかりやすいところではcが地の文なのに、人々からの敬意となっている点で誤りです。
敬語はその文の主語や補語などを見分けることと、単語の訳、この二つができれば解くことができます。今回は比較的簡単な敬語でしたので訳は問題ないとして、主語や補語を常に確認しましょう。
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03
下線部a~cがそれぞれ誰が何をしている場面なのか、誰の視点から語っているのか整理することで、敬意の方向を読み解いていきます。
【下線部a】
山の座主がお経を唱える場面を書き手の視点で語っている文です。
「たまふ」は尊敬語であることをふまえると、書き手(作者)から山の座主への敬意を示す尊敬語であると読み取れます。
【下線部b】
下線部bの直後に呪文を唱えている動作があることから、下線部bも含めこの場面の主語は山の座主であると判断できます。
下線部bは、大君の様子を見ている山の座主の言葉であること、「おはす」は尊敬語であることをふまえると、山の座主から大君への敬意を示す尊敬語であると読み取れます。
【下線部c】
もののけに憑依された童が叫び続ける声を聞いて大君が正気を取り戻し、人々が自分を見守っていることに気が付いて恥ずかしくなって着物を被るという場面が、書き手の視点で語られています。「きこゆ」は動詞に接続して「お~申し上げる」という意味を表す謙譲語であることをふまえると、書き手(作者)から大君への敬意を示す謙譲語であると読み取れます。
したがって、
a:書き手(作者)から山の座主への敬意を示す尊敬語である。
b:山の座主から大君への敬意を示す尊敬語である。
c:書き手(作者)から大君への敬意を示す謙譲語である。
という解釈が正解となります。
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