共通テスト(国語) 過去問
令和8年度(2026年度)追・再試験
問32 (第4問(古文) 問7)
問題文
A 初心のほどは、さのみくひほり入りて(注1)案ぜずとも、颯々(さつさつ)と(注2)やすく詠みならふべきなり。いかに骨を折りたれども、位さだまりたれば、上から見れば(ア)さしたることもなきなり。いかに案じたりとも、我が位ほどなる歌ならでは出(い)で来ぬものなり。
ある人の歌三首に二首は本歌を取る(注3)様(やう)に詠めることわろし。上古(注4)も本歌を取ることをば大事にして候(さぶら)ふ。上手の位になりて、恋・雑(ざふ)を季になし(注5)、季を恋・雑に取りなし、句の置き所をかへなどして、心を別のものに詠みなしけるなり。初心の時、本歌を取れば、わづかに句の置き所をかへたれども、心は同じものなり。されば初心にて本歌を取ること、斟酌(しんしゃく)(注6)あるべきことなり。
B 得たる者の歌は、何事をいひ出でたるも、一ふしの興ありて面白きなり。初心の者これを見て、心にうらやましく思ひて、詠み似せむとすれば、無心所着(むしんしょぢゃく)(注7)の何ともなくほれたること(注8)を詠み出だすなり。「これは(イ)何をあそばし候ふぞ」と人が尋ぬれば、「我もえ知らず」といひて、たはごとを詠むなり。よくよく慎むべきことなり。初心の時は、ただうちむかひて、一首がさはさはと理(ことわり)のきこゆるやうに詠むべきなり。その位にも至らずして、達者のまねをすれば、をかしきこと出で来るなり。
C 了俊(れうしゅん)(注9)常に申されしは、「我、若年の頃、連歌(注10)を稽古し侍(はべ)りしに、よくもなき句を多くせむよりは、五句三句なりとも、我が本意の連歌をすべしと思ひて、句数を少なく申し侍りしを、摂政殿(注11)きこしめして、了俊の状をささげられし時、その状の奥を引きかへして(注12)、『御辺(ごへん)(注13)のこの間よき連歌をすべしとて、句数少なくせらるるよし聞き侍り。しかるべからざることなり。一句二句をみがきて、随分よき連歌と存ずれども、上の人の目から見れば、まだ初心の田地(でんち)(注14)にて、さらによき句にてはなきなり。されば初心のほどは、いかにも多く口軽(くちがろ)にしもてゆけば、自然(じねん)に上手にもなるなり』とことのほか御折檻(せっかん)(注15)ありし」とて、予がよき歌を詠まむとするとて、文書をして折檻ありしなり。
常には摂政殿の御諚(ごぢゃう)(注16)を申し出だして、「これが(ウ)いかめしき御恩なり」と申されけり。
(注1)くひほり入りて —— 深く掘り下げて。
(注2)颯々と —————— あっさりと。
(注3)本歌を取る ———— 先人の歌をもとにして別の新しい歌を作ること。本歌取り。「本歌」はそのもとの歌。
(注4)上古 ——————— ここでは平安時代以前のこと。
(注5)恋・雑を季になし —— 「恋」「雑」「季」は和歌集における内容分類。「季」は春・夏・秋・冬。
(注6)斟酌 ———————— ここでは差し控えること。
(注7)無心所着 —————— 歌論の用語で、一首の意味が通らないこと。
(注8)ほれたること ———— ぼやけたこと。
(注9)了俊 ———————— 今川了俊。正徹の師。
(注10)連歌 ———————— 和歌の上の句(五・七・五)と下の句(七・七)を交互に連ねていく文芸。
(注11)摂政殿 ——————— 二条良基(よしもと)。連歌の大成者。
(注12)その状の奥を引きかへして ——— 了俊が出した書状の余白に摂政殿が返事を書いたということ。
(注13)御辺 ———————— あなた。
(注14)田地 ———————— 境地。
(注15)折檻 ———————— ここでは厳しく叱ること。
(注16)御諚 ———————— 貴人の言葉。仰せ。
Sさんは、文章Aにある「上手の位」の人が行う本歌取りについて具体的な例を知りたいと考え、教師に相談した。教師は次の【資料】を用意し、正徹が高く評価していた鎌倉時代の歌人である藤原定家(さだいえ)に、『古今和歌集』の和歌Ⅰを本歌取りして詠んだ和歌Ⅱ・和歌Ⅲがあることを示した。後の【ノート】はSさんが【資料】をもとに考えをまとめたものである。これらを読んで、後の問いに答えよ。
【資料】
Ⅰ 名取川瀬々(なとりがはせぜ)の埋(う)もれ木あらはればいかにせむとかあひ見そめけむ(『古今和歌集』恋歌三・よみ人知らず)
(名取川の浅瀬の水面に埋もれ木が姿を現すように、私たちの関係が世間に知られたらそのときは一体どうするつもりでひそかに逢(あ)いはじめたのだろうか)
Ⅱ 名取川春の日数はあらはれて花にぞ沈む瀬々の埋もれ木(『続後撰(しょくごせん)和歌集』春歌下・藤原定家)
Ⅲ 名取川いかにせむともまだ知らず思へば人をうらみけるかな(『続拾遺(しょくしゅうい)和歌集』恋歌三・藤原定家)
*『古今和歌集』は平安時代、『続後撰和歌集』『続拾遺和歌集』は鎌倉時代の勅撰(ちょくせん)和歌集。
【ノート】
・文章Aには本歌取りに関する注意事項が述べられていたが、これに基づいて【資料】の和歌を確認すると、( X )ことが分かった。
・文章Aでは「初心」の人が本歌を取ると「心は同じもの」になると述べられていたが、藤原定家の場合はどうであったか。【資料】の和歌を本歌との関係に注目して改めて分析すると、( Y )ことが分かった。
・藤原定家が詠んだ本歌取りの和歌を分析することで、「上手の位」の人がどのように本歌取りを行ったか理解が深まり、正徹が彼を高く評価したことも納得できた。
( Y )に入る、【資料】の分析として最も適当なものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
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問題
共通テスト(国語)試験 令和8年度(2026年度)追・再試験 問32(第4問(古文) 問7) (訂正依頼・報告はこちら)
A 初心のほどは、さのみくひほり入りて(注1)案ぜずとも、颯々(さつさつ)と(注2)やすく詠みならふべきなり。いかに骨を折りたれども、位さだまりたれば、上から見れば(ア)さしたることもなきなり。いかに案じたりとも、我が位ほどなる歌ならでは出(い)で来ぬものなり。
ある人の歌三首に二首は本歌を取る(注3)様(やう)に詠めることわろし。上古(注4)も本歌を取ることをば大事にして候(さぶら)ふ。上手の位になりて、恋・雑(ざふ)を季になし(注5)、季を恋・雑に取りなし、句の置き所をかへなどして、心を別のものに詠みなしけるなり。初心の時、本歌を取れば、わづかに句の置き所をかへたれども、心は同じものなり。されば初心にて本歌を取ること、斟酌(しんしゃく)(注6)あるべきことなり。
B 得たる者の歌は、何事をいひ出でたるも、一ふしの興ありて面白きなり。初心の者これを見て、心にうらやましく思ひて、詠み似せむとすれば、無心所着(むしんしょぢゃく)(注7)の何ともなくほれたること(注8)を詠み出だすなり。「これは(イ)何をあそばし候ふぞ」と人が尋ぬれば、「我もえ知らず」といひて、たはごとを詠むなり。よくよく慎むべきことなり。初心の時は、ただうちむかひて、一首がさはさはと理(ことわり)のきこゆるやうに詠むべきなり。その位にも至らずして、達者のまねをすれば、をかしきこと出で来るなり。
C 了俊(れうしゅん)(注9)常に申されしは、「我、若年の頃、連歌(注10)を稽古し侍(はべ)りしに、よくもなき句を多くせむよりは、五句三句なりとも、我が本意の連歌をすべしと思ひて、句数を少なく申し侍りしを、摂政殿(注11)きこしめして、了俊の状をささげられし時、その状の奥を引きかへして(注12)、『御辺(ごへん)(注13)のこの間よき連歌をすべしとて、句数少なくせらるるよし聞き侍り。しかるべからざることなり。一句二句をみがきて、随分よき連歌と存ずれども、上の人の目から見れば、まだ初心の田地(でんち)(注14)にて、さらによき句にてはなきなり。されば初心のほどは、いかにも多く口軽(くちがろ)にしもてゆけば、自然(じねん)に上手にもなるなり』とことのほか御折檻(せっかん)(注15)ありし」とて、予がよき歌を詠まむとするとて、文書をして折檻ありしなり。
常には摂政殿の御諚(ごぢゃう)(注16)を申し出だして、「これが(ウ)いかめしき御恩なり」と申されけり。
(注1)くひほり入りて —— 深く掘り下げて。
(注2)颯々と —————— あっさりと。
(注3)本歌を取る ———— 先人の歌をもとにして別の新しい歌を作ること。本歌取り。「本歌」はそのもとの歌。
(注4)上古 ——————— ここでは平安時代以前のこと。
(注5)恋・雑を季になし —— 「恋」「雑」「季」は和歌集における内容分類。「季」は春・夏・秋・冬。
(注6)斟酌 ———————— ここでは差し控えること。
(注7)無心所着 —————— 歌論の用語で、一首の意味が通らないこと。
(注8)ほれたること ———— ぼやけたこと。
(注9)了俊 ———————— 今川了俊。正徹の師。
(注10)連歌 ———————— 和歌の上の句(五・七・五)と下の句(七・七)を交互に連ねていく文芸。
(注11)摂政殿 ——————— 二条良基(よしもと)。連歌の大成者。
(注12)その状の奥を引きかへして ——— 了俊が出した書状の余白に摂政殿が返事を書いたということ。
(注13)御辺 ———————— あなた。
(注14)田地 ———————— 境地。
(注15)折檻 ———————— ここでは厳しく叱ること。
(注16)御諚 ———————— 貴人の言葉。仰せ。
Sさんは、文章Aにある「上手の位」の人が行う本歌取りについて具体的な例を知りたいと考え、教師に相談した。教師は次の【資料】を用意し、正徹が高く評価していた鎌倉時代の歌人である藤原定家(さだいえ)に、『古今和歌集』の和歌Ⅰを本歌取りして詠んだ和歌Ⅱ・和歌Ⅲがあることを示した。後の【ノート】はSさんが【資料】をもとに考えをまとめたものである。これらを読んで、後の問いに答えよ。
【資料】
Ⅰ 名取川瀬々(なとりがはせぜ)の埋(う)もれ木あらはればいかにせむとかあひ見そめけむ(『古今和歌集』恋歌三・よみ人知らず)
(名取川の浅瀬の水面に埋もれ木が姿を現すように、私たちの関係が世間に知られたらそのときは一体どうするつもりでひそかに逢(あ)いはじめたのだろうか)
Ⅱ 名取川春の日数はあらはれて花にぞ沈む瀬々の埋もれ木(『続後撰(しょくごせん)和歌集』春歌下・藤原定家)
Ⅲ 名取川いかにせむともまだ知らず思へば人をうらみけるかな(『続拾遺(しょくしゅうい)和歌集』恋歌三・藤原定家)
*『古今和歌集』は平安時代、『続後撰和歌集』『続拾遺和歌集』は鎌倉時代の勅撰(ちょくせん)和歌集。
【ノート】
・文章Aには本歌取りに関する注意事項が述べられていたが、これに基づいて【資料】の和歌を確認すると、( X )ことが分かった。
・文章Aでは「初心」の人が本歌を取ると「心は同じもの」になると述べられていたが、藤原定家の場合はどうであったか。【資料】の和歌を本歌との関係に注目して改めて分析すると、( Y )ことが分かった。
・藤原定家が詠んだ本歌取りの和歌を分析することで、「上手の位」の人がどのように本歌取りを行ったか理解が深まり、正徹が彼を高く評価したことも納得できた。
( Y )に入る、【資料】の分析として最も適当なものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
- 「あらはれば」と恋仲が世間に知られることを仮定していた和歌Ⅰに対して、和歌Ⅱは、「あらはれて」と春の時間の経過とともに二人の仲も世間に知られたという内容に変えている。このように、本歌である和歌Ⅰの「心」にとどまらず、恋の内容を織りまぜた新たな季節の歌を詠んでいる
- 「名取川瀬々の埋もれ木」を序詞として比喩的に用いていた和歌Ⅰに対して、和歌Ⅱは、それを実際の景色として、「花にぞ沈む」と舞い散る花により埋もれ木がこれ以上沈んだら困ると詠んでいる。このように、本歌である和歌Ⅰから恋の「心」を取り除き、春の歌となるよう工夫を施している
- 「いかにせむ」と恋仲が世間に知られることを心配する和歌Ⅰに対して、和歌Ⅲは、「人をうらみけるかな」と世間に知られる不安よりも恋人への恨めしさに重点を置いた歌にしている。このように、本歌である和歌Ⅰの「心」をふまえた同じ恋の歌でありつつも、内容に変化を加えている
- 「埋もれ木」を用いて春の恋を表現していた和歌Ⅰに対して、和歌Ⅲは、季節に関する表現を用いず、「まだ知らず」と失恋は未経験だが仮に恋人と別れたらどれほど相手を恨むだろうかと想像している。このように、本歌である和歌Ⅰの「心」にとらわれず、自由な発想で恋の歌を詠んでいる
正解!素晴らしいです
残念...
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