大学入学共通テスト(国語) 過去問
令和6年度(2024年度)追・再試験
問33 (<旧課程>第4問(漢文) 問4)

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問題

大学入学共通テスト(国語)試験 令和6年度(2024年度)追・再試験 問33(<旧課程>第4問(漢文) 問4) (訂正依頼・報告はこちら)

次の文章は、明代末期から清代初期の思想家である賀貽孫(がいそん)が著したものである。これを読んで、後の問いに答えよ。なお、設問の都合で返り点・送り仮名を省いたところがある。

傍線部Aについて、禿翁の考える「豪傑之士」の説明として最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
問題文の画像
  • 抜きん出た存在であるにもかかわらず、苦境に陥ってしまうこともあるが、自己の抱く理想を断固として貫くことができる人物。
  • 抜きん出た存在であるにもかかわらず、実力を発揮し得ない状況に置かれてしまうこともあるが、そうした不遇に奮起して研鑽(けんさん)を積む人物。
  • 抜きん出た存在であるがゆえに、多数派から激しい批判を浴びることもあるが、それに対して臆(おく)することなく堂々と反論できる人物。
  • 抜きん出た存在であるがゆえに、周囲の人々から奇異の目で見られることもあるが、毅然(きぜん)とした態度によって人々を徐々に心服させる人物。
  • 抜きん出た存在であるがゆえに、思うに任せない状況に陥って人々から攻撃されることもあるが、超然として意に介さずのびやかに生きる人物。

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この過去問の解説 (3件)

01

まずは傍線部Aに着目しましょう。

傍線部A「豪傑之士亦是魚若而已矣」を書き下すと「豪傑の士もまた是の魚のごときのみ」となります。

現代語訳すると、「豪傑と呼ばれる人も、またこの魚のようなものにすぎない」です。

 

そのため、本問で問われている「禿翁の考える「豪傑之士」の説明」は「魚の説明」と同義となります。

 

魚について書かれていることを以下に時系列順でまとめます。

これ以上ないほどの大きな魚が港に取り残された

数百人の人々がよってたかってその身を数百石も削いだ

(魚は抵抗しなかったが)満潮になると、そのまま悠々と海へ帰っていった

 

以上から、「豪傑之士」として述べられている部分は、

①抜きん出た存在である

②たくさんの人から攻撃されることがある

③攻撃されても反撃や復讐などしない

④どんな状況でも悠々と生きられる

の4点となります。

 

これら4点を満たす選択肢は「抜きん出た存在であるがゆえに、思うに任せない状況に陥って人々から攻撃されることもあるが、超然として意に介さずのびやかに生きる人物。」となります。

 

それでは他の選択肢も見ていきましょう。

選択肢1. 抜きん出た存在であるにもかかわらず、苦境に陥ってしまうこともあるが、自己の抱く理想を断固として貫くことができる人物。

不適当です。

 

解説冒頭での①②は満たしており、もしかすると③も満たすのかもしれませんが、④が異なるため不適当となります。

 

そもそも傍線部Aでは「豪傑の士もまたこの魚のようなもの」と述べていますが、魚が「自分の抱く理想を断固として貫いて」いるのかはわかりません。

魚が理想の自分像を抱いているかも不明瞭です。

 

「魚のようなもの(魚と同じ)」と述べているからには、魚についても断定できる事柄で「豪傑の士」の特徴を述べていなければなりません。

 

本選択肢は魚にとっての不確定要素が多く、やはり不適当となります。

選択肢2. 抜きん出た存在であるにもかかわらず、実力を発揮し得ない状況に置かれてしまうこともあるが、そうした不遇に奮起して研鑽(けんさん)を積む人物。

不適当です。

 

解説冒頭の①と、もしかしたら②も満たしているといえるかもしれません。

 

しかしながら魚が「不遇に奮起」「研鑽を積む」描写はありません。

 

港に取り残された魚が最後まで人々に身を切られまいと抵抗したのなら、「不遇に奮起」に該当する可能性はあります。

しかし魚が今後、どれだけ早く逃げる練習をしようが、干潮に気をつけるようにしようが、肉を固くして切られないほどの身をつけようが、港に取り残された段階で手遅れです。

「研鑽を積んで」も間に合いません。

 

述べられている「魚」とは合致しない部分が多く、不適当となります。

選択肢3. 抜きん出た存在であるがゆえに、多数派から激しい批判を浴びることもあるが、それに対して臆(おく)することなく堂々と反論できる人物。

不適当です。

 

解説冒頭の①②と、④も該当しているかもしれません。

しかし、「臆することなく堂々と反論できる」が③と矛盾します。

 

魚は身を切られても意に介さず、尾びれなどで人々を薙ぎ払ったり跳ねて抵抗したりすることもなく、切らせるだけ切らせておいて黙って帰ったところが「すごい」と思われている点です。

そこが「豪傑の士」へ共通し、「豪傑の士が豪傑たる理由だ」と褒められているところでもあります。

 

「堂々と反論」はその美徳を真っ向から潰しており、不適当となります。

選択肢4. 抜きん出た存在であるがゆえに、周囲の人々から奇異の目で見られることもあるが、毅然(きぜん)とした態度によって人々を徐々に心服させる人物。

不適当です。

 

解説冒頭の①④と、もしかすると③も満たす可能性があります。

しかし、魚は「奇異の目で見られる」どころか、実際に「斧斤」で身を切られています。

 

日本史や世界史、公民で「加賀百万石」という言葉を聞いたことがある人も多いはずです。

本問では「容積の単位」と注釈がついていますが、日本でも使われていた「石」という単位は、「1年間に大人1人が食べる米の量=1石」として作られた単位です。

 

1石は、容積では約180リットル、重さでは約150キログラム、米の量でいうと約1000合と言われています。

「合」に実感のない人は、1日に何合の米を炊いているか尋ねてみましょう。

「数百石の身を切られた」がどれほどのものかわかるはずです。

 

また、魚は港から離れるときまで身を切られ続けていたため、「人々を徐々に心服させ」た事実はありません。

選択肢5. 抜きん出た存在であるがゆえに、思うに任せない状況に陥って人々から攻撃されることもあるが、超然として意に介さずのびやかに生きる人物。

適当です。

 

解説冒頭の①②③④どれも満たしています。

まとめ

「数百人から数百石の身を切られた」だけだと「苦境に陥る」「実力を発揮できない」「多数派から激しい批判」などとも言い換えられる気がします。

しかし、身を切られたあとの魚の行動に着目すればすぐに正答を選べる問題です。

 

正答が満たすべき条件が複数ある場合は、各選択肢で最も述べていることが異なる条件から絞っていきましょう。

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02

傍線部A「豪傑之士亦是魚若而已矣」

書き下し文:豪傑の士もまた是の魚のごときのみ

現代語訳:豪傑と呼ばれる人物も、またこの魚のようなものにすぎない

 

豪傑がこの魚のようにすぎないとは傍線部A以前を整理します。

①あるとき、その海魚が港に入ってきました。

②潮が引いたため、魚は帰ることができなくなってしまいました。

③そこで、数百人が集まり、斧やまさかりを持ち、梯子で魚の背に登りました。

④人々は魚の背を切り刻み(斫割)、数百石もの肉や脂を連ねましたが、魚には全く害がありませんでした。

⑤やがて潮が満ちると、魚は身をひるがえし、尾を揺らして、悠然と去っていきました。

選択肢1. 抜きん出た存在であるにもかかわらず、苦境に陥ってしまうこともあるが、自己の抱く理想を断固として貫くことができる人物。

ここでは「理想を貫く」「意志を貫徹する」ような能動的・闘志的な姿勢は描かれていません。
魚も豪傑も、争わず・逆らわず・淡々としているのが本質です。
よって、「理想を断固として貫く」という表現は方向性が違います。

 

したがって、この選択肢は誤りです。

 

選択肢2. 抜きん出た存在であるにもかかわらず、実力を発揮し得ない状況に置かれてしまうこともあるが、そうした不遇に奮起して研鑽(けんさん)を積む人物。

禿翁の豪傑像には「奮起して努力する」「研鑽を積む」といった努力的・上昇志向の姿勢はありません。
豪傑はすでに完成した存在であり、状況に動じることもなく、泰然自若・超然と構える人です。
「奮起」や「努力」は俗世的な反応であり、禿翁の思想とは異なります。

 

したがって、この選択肢は誤りです。

選択肢3. 抜きん出た存在であるがゆえに、多数派から激しい批判を浴びることもあるが、それに対して臆(おく)することなく堂々と反論できる人物。

豪傑は反論すらしません。
魚が人々に斬られても黙って耐え、潮が満ちたら静かに去るように、
禿翁の豪傑は「論争する・言い返す」ような人物ではありません。
「超然として意に介さない」点が核心です。

 

したがって、この選択肢は誤りです。

選択肢4. 抜きん出た存在であるがゆえに、周囲の人々から奇異の目で見られることもあるが、毅然(きぜん)とした態度によって人々を徐々に心服させる人物。

禿翁の豪傑は、他人を納得させようとする意図を持たない
「人々を心服させる」というのは他者との関係性を前提とした価値観ですが、
禿翁の豪傑は「他人にどう見られるか」そのものに関心を持たない存在です。
他者からの評価を超越しているのが本質です。

 

したがって、この選択肢は誤りです。

選択肢5. 抜きん出た存在であるがゆえに、思うに任せない状況に陥って人々から攻撃されることもあるが、超然として意に介さずのびやかに生きる人物。

これはまさに本文の魚の描写に対応しています。

・「潮が引いて港に取り残される」=思うに任せない状況

・「人々に斧で斬られる」=攻撃される

・「それでも害無し」=意に介さず動じない

・「潮が満ちると悠然と去る」=超然としてのびやかに生きる

よって、⑤は本文の具体描写を最も忠実に反映しています。

 

したがって、この選択肢は正しいです。

まとめ

傍線部A以前を整理して、豪傑之士につなぎ合わせることが重要な問題です。

本文の現代語訳はどんな漢文の問題でも頻出であるため、解けるようにしたい問題の1つです。

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03

傍線部A「豪傑之士亦若是魚而已」(豪傑の士もまたこの魚のごときのみ)のうち、「若是魚(この魚のごとき)」の部分がヒントとなります。

 

「この魚」とはどういった魚を指すのでしょうか?

それを読み解くために傍線部Aより前の場面を整理すると、

①大魚が入江に入り込んだ後、潮が引いて身動きが取れなくなる。

②数百人の人間が梯子で大魚の背に上り、斧を突き立てる。

③しかし大魚はびくともせず、ほどなく潮が満ちると尾を揺らして悠然と去って行った。

 

こうした情報から、ここでの魚の様子として「人間に攻撃されても意に介さず悠然としている」ことが読み取れます。

選択肢1. 抜きん出た存在であるにもかかわらず、苦境に陥ってしまうこともあるが、自己の抱く理想を断固として貫くことができる人物。

大魚の様子から「自己の抱く理想を断固として貫く」という態度は読み取れないため、誤りです。

選択肢2. 抜きん出た存在であるにもかかわらず、実力を発揮し得ない状況に置かれてしまうこともあるが、そうした不遇に奮起して研鑽(けんさん)を積む人物。

大魚の様子から「不遇に奮起して研鑽を積む」という態度は読み取れないため、誤りです。

選択肢3. 抜きん出た存在であるがゆえに、多数派から激しい批判を浴びることもあるが、それに対して臆(おく)することなく堂々と反論できる人物。

大魚の様子から「反論する」という態度は読み取れないため、誤りです。

選択肢4. 抜きん出た存在であるがゆえに、周囲の人々から奇異の目で見られることもあるが、毅然(きぜん)とした態度によって人々を徐々に心服させる人物。

大魚の様子から「人々を徐々に心服させる」という態度は読み取れないため、誤りです。

選択肢5. 抜きん出た存在であるがゆえに、思うに任せない状況に陥って人々から攻撃されることもあるが、超然として意に介さずのびやかに生きる人物。

本文の意図を的確に捉えているこの選択肢が正解です。

まとめ

若是魚(この魚のごとき)」をキーワードとして傍線部Aより前の部分を正しく捉えられるかがポイントです。

 

正解以外の選択肢には明らかに本文に書かれていない内容が含まれているため、確実に正解候補から除外できるようにしましょう。

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