大学入学共通テスト(国語) 過去問
令和7年度(2025年度)追・再試験
問16 (第2問(小説) 問6)

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問題

大学入学共通テスト(国語)試験 令和7年度(2025年度)追・再試験 問16(第2問(小説) 問6) (訂正依頼・報告はこちら)

次の文章は、野々井透(ののいとう)「棕櫚(しゅろ)を燃やす」(2023年発表)の一節である。春野(はるの)(「私」)は、妹の澄香(すみか)と父とともに暮らしている。これを読んで、後の問いに答えよ。

まぶたを開くと、木蓮(もくれん)の枝から、白いはなびらが一枚真下に落ちた。
それがあまりにたやすい落ち方だったので、だから、もう家の中に入ろうと父に声をかけようとしたら、蝶(ちょう)の羽ばたきみたいなゆっくりと不規則な砂利を踏む音が聞こえてきた。澄香の足音だ。サーモンピンクのワンピースに黒のライダースジャケットを着た澄香が庭へ現れる。
「ただいま」
「おかえり」
澄香が私の隣に座ると、窓辺の空気がたゆんだようになり、からだから力が抜けてゆるんでゆく。
「みんなのふつうより、大事なのはきみのふつう」隣で上着のポケットに両手を入れたままの澄香が言った。
「なにそれ?」
「今日、ナバタメさんが施設の壁面に設置した町会の懸垂幕のスローガン。なかなか、いいでしょ。残念なことに、その前を通り過ぎるほとんどの人は気付いてないみたいだけど」
「なかなか、いいかも」と考えずに返答する。通常から自分のふつうを優先し過ぎている(ア)きらいのある私は、みんなの中にいると不安になる。あまり興味のないことをそれでもみんなと笑いながら話していると、体温が低くなってきて、ああ、魚類になりたい、などと思い始める。みんなの中にあるとされているふつうと呼ばれるものは、自分のふつうの一番外側を薄っぺらく剥ぎ取ってくっつけ合わせたような、すぐにでも破れそうな球体みたいなもので、脆(もろ)いのを知っているのに、その球体の中の方が安楽だと思えてしまうA 危険な装置のようで、呪いの文句のようだ。けれど、信念だとか、誇りみたいなものを持つことは、誰かに対する暴力につながるのではないか、とも恐れている。
「家に帰る前にこの懸垂幕見たら、なんだか後押しされる気がするの」
「後押しって?」と澄香に聞く。
「また明日って思えることの後押し。また明日今日と同じ時間に起きよう、とか、また明日朝礼の時は顔を上げてよう、とか、また明日帰りにスーパーマーケットに寄って魚の品定めをしようとか、ただ、今日の続きを繰り返せば大丈夫って、なんとなく思える気がする」
また明日、と思うことが簡単ではなくなったのはいつからだろう。
「しかも、今回の懸垂幕のフォントは明朝体(みんちょうたい)だったんだよね」
「そうなんだ」
「ゴシック体より、いいでしょ」
「いいかも」とやはり考えずに返事する。
風が通ってゆく。棕櫚(注1)の葉先が揺れる。こうしていると、今日がいつのことだかわからなくなるようだった。昨日も、今日も、明日もなくなり、わたしたちは、生まれた順番も、男や女という区別も、父と娘という関係も取っ払って、いっこずつのただの鉱石みたいになってここに転がって、長いあいだ語らい合っているような気持ちになる。この星が滅んでも、石になったわたしたちは宇宙で転がっていられるような気持ちになる。
B 澄香は仕事や同僚について、毎日のようにわたしたちに話した。わたしたちに話すことが、世界を納得するための彼女の方法なのだと思う。澄香はひとつひとつの物事を肯定的に納得しながら、進みたいひとなのだ。
毎日物語の続きを聴いているようなわたしたちは、行ったことのない澄香の働いている場所を細部まで思い浮かべることができた。保健所と文化センターが入る地下一階、地上三階建ての古びた施設。ススキのような色の皺(しわ)の付きにくい布地の制服を着て、清掃をして、ゴミの回収と分別を行い、文化センターで催事があるときは集会室にパイプ椅子やテーブルを要望通りの位置へ並べて準備をし、終了後には元の位置に戻す。保健所でこどもたちの検診のあった日は、終わった後も施設のそこかしこに彼らの声が残っているようで、その声までも拾い集めるように片付けをした。ちょっと待って、その振り込み、とか、つくっていこう、誰かが君を語ることのできる街、とか、一寸先は少し明るいはず、とか、あなたと一緒に月しろ(注2)を待つ、などと書かれた行政や町会の標語の懸垂幕を施設の外壁に下げる。これはナバタメさんに任された仕事で、この仕事を任されると一人前と認められることになる。そして、ナバタメさんはこの標語を決める会議になぜか時折参加しているらしい(けれど、これらの文言は本当に外壁に下げられているのだろうか)。掃除機は、子熊くらいの大きさと重さであり(と、澄香が言う)、これを引っ張りながらよく滑る廊下を移動して行く。掃除中のコードは、歩行者の邪魔にならないように、見た目もすっきりしなければならないというルールがあって、壁と並行にして沿わせて移動しなくてはならない。文化センターの第四金曜日の午後の琴のサークルの時空を曲げるような、半永久的に続くような弦を弾く音を聴きながら、階段の滑り止めをひとすじずつ掃除するのが澄香の一番好きな作業だった。
ナバタメさんにも会ったことはない。漢字の表記も知らない。でも、彼のことをよく知っている。晴れている日よりも、曇り空で、雨の降る直前の匂いが漂うような、そんなのが似合うひと。澄香の職場の一年先輩で年齢は澄香より十五歳上の四十四歳、痩(や)せ型、趣味は川釣り、歩いていると誰かの落し物を見つけて拾うことが多くて、宴席は常に壁寄りを好み、ずっと枝豆なんかをつまんでいる。仕事の手順や職場のひととの付き合い方というような話よりも、昨日釣った魚やその川水の冷たさや透明さや、岩に這(は)う苔(こけ)のやわらかさ、そんなことを話すひとで、少し寂しがりで、夜になると、これは私の想像だけど、少年の頃から親しんでいる詩集の中からその晩にふさわしい一篇(ぺん)の詩を選び出し、その世界にゆっくりと身を投じてゆくように読んでから眠りに就くひとだ。
澄香のこの職場は彼女が美大(注3)を卒業してから幾つ目だろう。この前は商店街にある耳鼻科の受付だった。耳鼻科の前は246号線(注4)の向こう側の学校の給食センター、給食センターの前は馬喰町(ばくろちょう)(注5)の布問屋、その前は外苑(がいえん)のデザイン事務所。今の仕事は私と同じく今年で三年目だから、これまでで最も続いていることになる。
わたしたち姉妹は、仕事が長続きしない。
「それでも働き続けているのだから、上出来じゃない」と父は言うものだから、それもそうか、と簡単にわたしたちは腑(ふ)に落ちる。父は些細なことを上出来じゃない、と褒める。出汁(だし)巻きたまごが少し破れてしまった時や、切り返し(注6)をしながらバックで駐車をした時や、忘れ物に気が付いて急いで家に取りに戻った時。新しい仕事に就き、父に上出来じゃないと言ってもらい、今度は、きちんとしようと毎回思うけれど、しばらくすると澄香は物事を納得できなくなり、私はC 水越しに見るようなぼやけた世界がさらに歪(ゆが)んで見えてくるのだった。
「春野の会社の主任さんは、今は週に何日同居してるの?」
「週二日のままだよ」
主任は二年程前から妻子と別居しており、最近になって妻子のいる家で週二日過ごすことになっていた。
「週休二日か」「週休?妻子と過ごす日って休日の類(たぐい)なのかな?」「休日じゃないの?」「でも、同居の前日は、主任夕方から電話のかけ違いが(イ)やたら多くなるよ」とわたしたちが話してると、父が、まあでもそれが主任さんたちのふつうなんでしょう、と言った。
ひとりだったり、三人だったりで暮らしている主任のいる衛生用品を扱う小さな商社が、私の三つ目の勤め先だった。急行の停(と)まらない最寄り駅から歩いて十五分程の場所にあるその会社は、社員の氏名をひとりずつ言えるくらいの規模で、部長という役職は存在せず、主任と課長と社長と皆同じ部屋で仕事をしている。総務部で私に任されている仕事は、文房具や備品の補充をしたり、交通費や出金請求の申請書の受付をしたり、年末の全社員で行う親睦会の会場を探したり、毎年参加する地域の盆踊り大会の手伝いなどで、毎週、毎月、季節ごとに決められたことに対処していくものだった。何かを変えようとか、変えないとか、どちらも自分には関係のないことと思うために、結局変わらないよね、と批評しているひとの(ウ)はす向かい辺りでその話を聞いているような私の働き方の姿勢は、三つ目の会社へ移っても同じだった。
「私のふつうは、どんなだろうなあ」さらさらと父が言った。
父は、さもありなん、というようなスタンスのひとで、さもありなん、そんなこともあるだろうさ、というようなことを父が言うと澄香と私はくっつき過ぎた気持ちと自分の間に隙間ができて、執着していた気持ちを、ついと手放してしまうことができるのだった。未練なく手放したその気持ちは、あっさりとただの「もの」のようになってしまう。D だから父のさもありなんは、澄香と私を楽にしてくれる。

(注1)棕櫚 ―― やし科の常緑高木。
(注2)月しろ ―― 月が出ようとする時、空が明るくしらんで見えること。
(注3)美大 ―― 美術大学の略。
(注4)246号線 ―― 東京都から静岡県に至る国道。
(注5)馬喰町 ―― 東京都内の地名。直後の外苑(明治神宮外苑)も同じ。
(注6)切り返し ―― 一方に回したハンドルを反対に回して、車の進行方向を修正すること。

下線部C「水越しに見るようなぼやけた世界がさらに歪んで見えてくる」とあるが、このように世界を見る「私」についての説明として最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
  • 周囲の人が話題にしていることに自分も興味を持とうと懸命になるが、周りに合わせていくことに対して難しさを覚えそのような環境から次第に逃れたいと感じるようになり、人との関わりにますます消極的になってしまう。
  • 料理や運転などの些細なことにもしっかりと取り組もうとするが、いつも小さな失敗を繰り返してしまうことから思うように生きられない自分という存在に段々と納得がいかなくなり、勤め先からも逃げ出そうとしてしまう。
  • あまり興味のない話題であっても周囲の人々が笑っていれば同調しようとするが、それを続けているうちに本来の自分からは徐々にかけ離れていくように感じ、もともとあった周囲との距離や隔たりがさらに広がってしまう。
  • 新しい会社で働き始めるたびに今度こそ長く勤めたいと思うが、何かを変えたいのに変わらないという同僚の会社への批判を聞いていると、そうした意思がない自分は同僚と違っているという疎外感をいっそう覚えてしまう。

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この過去問の解説 (3件)

01

「私」の心の動きを適切に捉える必要があります。選択肢をみると、どれも「〇〇を試みるが、△△となり、□□となる」のような型で説明がなされています。

「私」は周りの世界に対し、どのような行動をとり、しかしどのような心情になっていくのか、「私」の行動と心情の動きを読み解きましょう。傍線部以前にも、この点を語っている場面があるため、これまでの内容を踏まえ、「私」がどのような心情を抱えているか、そのありようを押さえている必要があります。

選択肢1. 周囲の人が話題にしていることに自分も興味を持とうと懸命になるが、周りに合わせていくことに対して難しさを覚えそのような環境から次第に逃れたいと感じるようになり、人との関わりにますます消極的になってしまう。

不適当です。

「周囲の人が話題にしていることに自分も興味を持とう」が本文の内容に沿いません。

本文では「あまり興味のないことをそれでもみんなと笑いながら話している」と「不安」になる、という心情が述べられています。興味がないなりにも周りに合わせて笑いながら話をしようとしているのであって「興味を持とう」としていると説明するのは内容が異なります。

選択肢2. 料理や運転などの些細なことにもしっかりと取り組もうとするが、いつも小さな失敗を繰り返してしまうことから思うように生きられない自分という存在に段々と納得がいかなくなり、勤め先からも逃げ出そうとしてしまう。

不適当です。

「料理や運転などの些細なことにもしっかりと取り組もうとする」が傍線部の内容説明になっていません。傍線部は、「私」が長く仕事が続かない理由に言及するもので、「私」と他者との関係のあり方を問題にしているのです。この話題から完全に外れた説明となっています。

また「いつも小さな(中略)納得がいかなくなり」も本文の内容に沿いません。「私」は、「みんなの中にあるとされているふつう」との関わりに難しさを感じているのであって、「小さな失敗を繰り返してしまう」ということが問題なのではありません。

選択肢3. あまり興味のない話題であっても周囲の人々が笑っていれば同調しようとするが、それを続けているうちに本来の自分からは徐々にかけ離れていくように感じ、もともとあった周囲との距離や隔たりがさらに広がってしまう。

これが最も適当です。

傍線部の「水越しに見るようなぼやけた世界」は、「私」が周囲に対して隔たりを感じ、それについて明瞭に捉えられずにいると読み取ることができます。

本文中でも、「私」は自分のふつうとみんなのふつうがうまく調和しないことを語っていますし、「みんなの中にあるとされているふつう」に合わせ「あまり興味のないことをそれでもみんなと笑いながら話している」と「不安」になる、と心情を述べています。

みんなに同調し仲間に加わろうとするものの、みんなが話すことにはあまり興味が持てない様子があるのです。そして、「私」にとって世界は遠く不明瞭なものになっていく、と読み取ることができます。これらの内容を最も適切に説明しているのは、この選択肢といえるでしょう。

選択肢4. 新しい会社で働き始めるたびに今度こそ長く勤めたいと思うが、何かを変えたいのに変わらないという同僚の会社への批判を聞いていると、そうした意思がない自分は同僚と違っているという疎外感をいっそう覚えてしまう。

不適当です。

「同僚の会社への(中略)覚えてしまう」が本文の内容に沿いません。同僚との隔たりを感じてしまうのは、会社を批判する意思を持っていないからではありません。そもそも「私」が周囲の「ふつう」に馴染めないからです。

また、傍線部の「ぼやけた」「歪んで」などの言葉が何を表現しているか、説明が不十分です。周囲の世界を明瞭に捉えられない「私」の感覚を説明しきれていないのです。

まとめ

登場人物の心の動きを捉えるために、傍線部の直前直後だけでなく、それまでの話の流れを掴みながら登場人物についても理解するよう努めましょう。また、傍線部の表現に注目し、過不足なく傍線部を説明できているのかどうかまで判断材料にできると良いでしょう。

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02

下線部Cを含む一文を抜き出すと「新しい仕事に就き、父に上出来じゃないと言ってもらい、今度は、きちんとしようと毎回思うけれど、しばらくすると澄香は物事を納得できなくなり、私は水越しに見るようなぼやけた世界がさらに歪んで見えてくるのだった。」となり、澄香と私の離職理由が書かれていることがわかります。

 

澄香:物事を肯定して進めたいのに納得できなくなる
私:下線部C「私は水越しに見るようなぼやけた世界がさらに歪んで見えてくる」

 

ここでの「私は水越しに見るようなぼやけた世界」は下線部A前の「ああ、魚類になりたい」に対応しています。

 

また下線部Cで「水越しに見るようなぼやけた世界」と述べているため、「私」は相槌に疲れたから「これから魚類になりたい」のではなく、「すでに自分を魚類のようだと認識していて、みんなに合わせるのに疲れたから本来いるべき場所に戻りたい」との思いをもっていると考えられます。

 

ここでいう「魚類」とは本物の魚類ではなく、人間とは姿形や骨格、呼吸法まで完全に異なる存在を指します。

つまり「魚類になりたい」は、「人間でいるのがつらい」の究極の表現ということです。

 

「私」がそこまで普段から人間であることに苦痛を感じているのは、それだけ周囲との壁を感じているためです。

 

よって「ぼやけた世界が歪む」との下線部Cは「周囲との壁を普段から感じているが、さらに隔絶を感じるようになる」との意味になります。

 

正答は「あまり興味のない話題であっても周囲の人々が笑っていれば同調しようとするが、それを続けているうちに本来の自分からは徐々にかけ離れていくように感じ、もともとあった周囲との距離や隔たりがさらに広がってしまう。」です。

 

また選択肢の前半の文章は、「私」の他人との関わり方を記した下線部A前後を参照すると良いでしょう。

 

それでは各選択肢を見ていきましょう。

選択肢1. 周囲の人が話題にしていることに自分も興味を持とうと懸命になるが、周りに合わせていくことに対して難しさを覚えそのような環境から次第に逃れたいと感じるようになり、人との関わりにますます消極的になってしまう。

不適当です。

 

「私」は自分のふつうを優先するきらいのある人物です。
みんなに合わせて笑いながら会話する努力はしていますが、みんなと同じものに興味を抱く努力はしていません。

 

「魚類になりたい」と思う辺り、「環境から逃れたい」とは思っているでしょう。

しかし毎回仕事を辞めてもきちんと転職しているため、「人との関わりに消極的になってしまう」とは言いづらい状況です。

 

冒頭で述べた下線部Cの意味とも一致しないため、誤りとなります。

選択肢2. 料理や運転などの些細なことにもしっかりと取り組もうとするが、いつも小さな失敗を繰り返してしまうことから思うように生きられない自分という存在に段々と納得がいかなくなり、勤め先からも逃げ出そうとしてしまう。

不適当です。

 

冒頭でも述べた通り、「納得がいかなくなると逃げ出す」のは澄香です。

「私」についての記述ではないため誤りとなります。

選択肢3. あまり興味のない話題であっても周囲の人々が笑っていれば同調しようとするが、それを続けているうちに本来の自分からは徐々にかけ離れていくように感じ、もともとあった周囲との距離や隔たりがさらに広がってしまう。

適当です。

下線部A、Cの意味と合致しています。

選択肢4. 新しい会社で働き始めるたびに今度こそ長く勤めたいと思うが、何かを変えたいのに変わらないという同僚の会社への批判を聞いていると、そうした意思がない自分は同僚と違っているという疎外感をいっそう覚えてしまう。

不適当です。

 

「疎外感」は仲間はずれにされたときに抱く感情です。

「私」は元々他人とは違う自分を自覚しており、周囲に合わせるのが特に苦痛になると「魚類になりたい」のように孤立したほうが楽だと考えています。

「疎外された」のではなく「孤立したい」側のため、同僚との壁を感じるニュアンスが異なります。

 

また「私」は「意思がないから」周りと違うように感じているわけではありません。
「意思をもつと暴力につながらないかと恐れている」ため、あえて意思をもたないように努めています。

 

ニュアンスの違いと、下線部A前後に述べられた「私」の性格についての明らかな誤りを含むため、不適当となります。

まとめ

「水でぼやけたような世界」から、関連ワードである「魚類」の出てくる下線部A前まで戻って考えられるかが鍵となっています。

 

回答に本文のかなりの範囲が必要とされるため、前半の要約問題と考えて良いでしょう。

 

本文最後にある下線部Dが全体の要約問題と推測されるため、ここで間違うと次も間違う可能性が高くなります。

短時間で解くなら下線部Cの意味を考えてから、時間がかかってもいいなら消去法ででも、必ず正解しておきたい問題です。

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03

まず、正解を絞り込むにあたっては、下線部C「水越しに見るようなぼやけた世界がさらに歪んで見えてくる」という表現から「元々の状態から、よりいっそう程度が増した」というニュアンスが含まれているかどうかにも注目してみましょう。

 

次に、下線部Cの中にある「水越しに」という部分は、下線部Aの前の文章の「あまり興味のないことをそれでもみんなと笑いながら話していると、体温が低くなってきて、ああ、魚類になりたい、などと思い始める」をふまえてのものであると考えられます。

したがって、下線部Cからうかがえる「私」の様子の説明としては、周囲の意見に同調し続けることを不安に思っている場面に言及している説明が妥当と判断できます。

選択肢1. 周囲の人が話題にしていることに自分も興味を持とうと懸命になるが、周りに合わせていくことに対して難しさを覚えそのような環境から次第に逃れたいと感じるようになり、人との関わりにますます消極的になってしまう。

あまり興味のないことをそれでもみんなと笑いながら話していると…」という文章があることから、「私」は興味が無い状態のままで笑みを浮かべているだけであり、興味を持とうと懸命になっている訳ではないと判断できます。したがって、この選択肢は誤りです。

選択肢2. 料理や運転などの些細なことにもしっかりと取り組もうとするが、いつも小さな失敗を繰り返してしまうことから思うように生きられない自分という存在に段々と納得がいかなくなり、勤め先からも逃げ出そうとしてしまう。

冒頭で解説した通り、下線部Cの主眼が置かれているのは「私」の周りとの付き合い方、すなわち興味がなくても笑って同調してしまう場面であり、料理や運転などのエピソードはここでの主旨とは離れたものであるため、誤りです。

 

また、「水越しに見るようなぼやけた世界がさらに歪んで見えてくる」という、元々の状態が一層悪化した様子を捉えていないことからも、誤りと判断できます。

選択肢3. あまり興味のない話題であっても周囲の人々が笑っていれば同調しようとするが、それを続けているうちに本来の自分からは徐々にかけ離れていくように感じ、もともとあった周囲との距離や隔たりがさらに広がってしまう。

興味のない話題に対しても笑って同調している場面に言及しており、その際の心情に関する説明も本文の主旨を的確に捉えているこの選択肢が正解です。

選択肢4. 新しい会社で働き始めるたびに今度こそ長く勤めたいと思うが、何かを変えたいのに変わらないという同僚の会社への批判を聞いていると、そうした意思がない自分は同僚と違っているという疎外感をいっそう覚えてしまう。

冒頭で解説した通り、下線部Cの主眼が置かれているのは「私」の周りとの付き合い方、すなわち興味がなくても笑って同調してしまう場面であり、同僚が会社を批判している場面はここでの主旨とは離れたものであるため、誤りです。

 

下線部Cは現在の職場での様子だけでなく、これまで勤めてきた職場での他人との接し方の傾向(=辞めたくなる時の思考パターン)を俯瞰的に述べている文である点に注意しましょう。

まとめ

抽象的な表現が意味しているものを正しく理解できているかを問う問題でした。

 

水越しに見るようなぼやけた世界」という文学的表現から連想し、「」→「魚類」というワードが入っている一文と関連づけて考えられるかがポイントです。

 

ヒントになる文が下線部Cの位置から離れているためやや探しにくく感じたかもしれませんが、こうしたテクニックを要する問題は裏を返せば受験者の理解度を測るための格好の指標であるため、問題として問われる確率は高いと考えましょう。

 

しかし解答の決め手となるヒントは必ず文中にありますので、諦めずに探すようにしましょう。どうしても分からなければ一旦次の問題に取り掛かるのも一つの手段です。

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