大学入学共通テスト(国語) 過去問
令和7年度(2025年度)追・再試験
問18 (第2問(小説) 問8)

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問題

大学入学共通テスト(国語)試験 令和7年度(2025年度)追・再試験 問18(第2問(小説) 問8) (訂正依頼・報告はこちら)

次の文章は、野々井透(ののいとう)「棕櫚(しゅろ)を燃やす」(2023年発表)の一節である。春野(はるの)(「私」)は、妹の澄香(すみか)と父とともに暮らしている。これを読んで、後の問いに答えよ。

まぶたを開くと、木蓮(もくれん)の枝から、白いはなびらが一枚真下に落ちた。
それがあまりにたやすい落ち方だったので、だから、もう家の中に入ろうと父に声をかけようとしたら、蝶(ちょう)の羽ばたきみたいなゆっくりと不規則な砂利を踏む音が聞こえてきた。澄香の足音だ。サーモンピンクのワンピースに黒のライダースジャケットを着た澄香が庭へ現れる。
「ただいま」
「おかえり」
澄香が私の隣に座ると、窓辺の空気がたゆんだようになり、からだから力が抜けてゆるんでゆく。
「みんなのふつうより、大事なのはきみのふつう」隣で上着のポケットに両手を入れたままの澄香が言った。
「なにそれ?」
「今日、ナバタメさんが施設の壁面に設置した町会の懸垂幕のスローガン。なかなか、いいでしょ。残念なことに、その前を通り過ぎるほとんどの人は気付いてないみたいだけど」
「なかなか、いいかも」と考えずに返答する。通常から自分のふつうを優先し過ぎている(ア)きらいのある私は、みんなの中にいると不安になる。あまり興味のないことをそれでもみんなと笑いながら話していると、体温が低くなってきて、ああ、魚類になりたい、などと思い始める。みんなの中にあるとされているふつうと呼ばれるものは、自分のふつうの一番外側を薄っぺらく剥ぎ取ってくっつけ合わせたような、すぐにでも破れそうな球体みたいなもので、脆(もろ)いのを知っているのに、その球体の中の方が安楽だと思えてしまうA 危険な装置のようで、呪いの文句のようだ。けれど、信念だとか、誇りみたいなものを持つことは、誰かに対する暴力につながるのではないか、とも恐れている。
「家に帰る前にこの懸垂幕見たら、なんだか後押しされる気がするの」
「後押しって?」と澄香に聞く。
「また明日って思えることの後押し。また明日今日と同じ時間に起きよう、とか、また明日朝礼の時は顔を上げてよう、とか、また明日帰りにスーパーマーケットに寄って魚の品定めをしようとか、ただ、今日の続きを繰り返せば大丈夫って、なんとなく思える気がする」
また明日、と思うことが簡単ではなくなったのはいつからだろう。
「しかも、今回の懸垂幕のフォントは明朝体(みんちょうたい)だったんだよね」
「そうなんだ」
「ゴシック体より、いいでしょ」
「いいかも」とやはり考えずに返事する。
風が通ってゆく。棕櫚(注1)の葉先が揺れる。こうしていると、今日がいつのことだかわからなくなるようだった。昨日も、今日も、明日もなくなり、わたしたちは、生まれた順番も、男や女という区別も、父と娘という関係も取っ払って、いっこずつのただの鉱石みたいになってここに転がって、長いあいだ語らい合っているような気持ちになる。この星が滅んでも、石になったわたしたちは宇宙で転がっていられるような気持ちになる。
B 澄香は仕事や同僚について、毎日のようにわたしたちに話した。わたしたちに話すことが、世界を納得するための彼女の方法なのだと思う。澄香はひとつひとつの物事を肯定的に納得しながら、進みたいひとなのだ。
毎日物語の続きを聴いているようなわたしたちは、行ったことのない澄香の働いている場所を細部まで思い浮かべることができた。保健所と文化センターが入る地下一階、地上三階建ての古びた施設。ススキのような色の皺(しわ)の付きにくい布地の制服を着て、清掃をして、ゴミの回収と分別を行い、文化センターで催事があるときは集会室にパイプ椅子やテーブルを要望通りの位置へ並べて準備をし、終了後には元の位置に戻す。保健所でこどもたちの検診のあった日は、終わった後も施設のそこかしこに彼らの声が残っているようで、その声までも拾い集めるように片付けをした。ちょっと待って、その振り込み、とか、つくっていこう、誰かが君を語ることのできる街、とか、一寸先は少し明るいはず、とか、あなたと一緒に月しろ(注2)を待つ、などと書かれた行政や町会の標語の懸垂幕を施設の外壁に下げる。これはナバタメさんに任された仕事で、この仕事を任されると一人前と認められることになる。そして、ナバタメさんはこの標語を決める会議になぜか時折参加しているらしい(けれど、これらの文言は本当に外壁に下げられているのだろうか)。掃除機は、子熊くらいの大きさと重さであり(と、澄香が言う)、これを引っ張りながらよく滑る廊下を移動して行く。掃除中のコードは、歩行者の邪魔にならないように、見た目もすっきりしなければならないというルールがあって、壁と並行にして沿わせて移動しなくてはならない。文化センターの第四金曜日の午後の琴のサークルの時空を曲げるような、半永久的に続くような弦を弾く音を聴きながら、階段の滑り止めをひとすじずつ掃除するのが澄香の一番好きな作業だった。
ナバタメさんにも会ったことはない。漢字の表記も知らない。でも、彼のことをよく知っている。晴れている日よりも、曇り空で、雨の降る直前の匂いが漂うような、そんなのが似合うひと。澄香の職場の一年先輩で年齢は澄香より十五歳上の四十四歳、痩(や)せ型、趣味は川釣り、歩いていると誰かの落し物を見つけて拾うことが多くて、宴席は常に壁寄りを好み、ずっと枝豆なんかをつまんでいる。仕事の手順や職場のひととの付き合い方というような話よりも、昨日釣った魚やその川水の冷たさや透明さや、岩に這(は)う苔(こけ)のやわらかさ、そんなことを話すひとで、少し寂しがりで、夜になると、これは私の想像だけど、少年の頃から親しんでいる詩集の中からその晩にふさわしい一篇(ぺん)の詩を選び出し、その世界にゆっくりと身を投じてゆくように読んでから眠りに就くひとだ。
澄香のこの職場は彼女が美大(注3)を卒業してから幾つ目だろう。この前は商店街にある耳鼻科の受付だった。耳鼻科の前は246号線(注4)の向こう側の学校の給食センター、給食センターの前は馬喰町(ばくろちょう)(注5)の布問屋、その前は外苑(がいえん)のデザイン事務所。今の仕事は私と同じく今年で三年目だから、これまでで最も続いていることになる。
わたしたち姉妹は、仕事が長続きしない。
「それでも働き続けているのだから、上出来じゃない」と父は言うものだから、それもそうか、と簡単にわたしたちは腑(ふ)に落ちる。父は些細なことを上出来じゃない、と褒める。出汁(だし)巻きたまごが少し破れてしまった時や、切り返し(注6)をしながらバックで駐車をした時や、忘れ物に気が付いて急いで家に取りに戻った時。新しい仕事に就き、父に上出来じゃないと言ってもらい、今度は、きちんとしようと毎回思うけれど、しばらくすると澄香は物事を納得できなくなり、私はC 水越しに見るようなぼやけた世界がさらに歪(ゆが)んで見えてくるのだった。
「春野の会社の主任さんは、今は週に何日同居してるの?」
「週二日のままだよ」
主任は二年程前から妻子と別居しており、最近になって妻子のいる家で週二日過ごすことになっていた。
「週休二日か」「週休?妻子と過ごす日って休日の類(たぐい)なのかな?」「休日じゃないの?」「でも、同居の前日は、主任夕方から電話のかけ違いが(イ)やたら多くなるよ」とわたしたちが話してると、父が、まあでもそれが主任さんたちのふつうなんでしょう、と言った。
ひとりだったり、三人だったりで暮らしている主任のいる衛生用品を扱う小さな商社が、私の三つ目の勤め先だった。急行の停(と)まらない最寄り駅から歩いて十五分程の場所にあるその会社は、社員の氏名をひとりずつ言えるくらいの規模で、部長という役職は存在せず、主任と課長と社長と皆同じ部屋で仕事をしている。総務部で私に任されている仕事は、文房具や備品の補充をしたり、交通費や出金請求の申請書の受付をしたり、年末の全社員で行う親睦会の会場を探したり、毎年参加する地域の盆踊り大会の手伝いなどで、毎週、毎月、季節ごとに決められたことに対処していくものだった。何かを変えようとか、変えないとか、どちらも自分には関係のないことと思うために、結局変わらないよね、と批評しているひとの(ウ)はす向かい辺りでその話を聞いているような私の働き方の姿勢は、三つ目の会社へ移っても同じだった。
「私のふつうは、どんなだろうなあ」さらさらと父が言った。
父は、さもありなん、というようなスタンスのひとで、さもありなん、そんなこともあるだろうさ、というようなことを父が言うと澄香と私はくっつき過ぎた気持ちと自分の間に隙間ができて、執着していた気持ちを、ついと手放してしまうことができるのだった。未練なく手放したその気持ちは、あっさりとただの「もの」のようになってしまう。D だから父のさもありなんは、澄香と私を楽にしてくれる。

(注1)棕櫚 ―― やし科の常緑高木。
(注2)月しろ ―― 月が出ようとする時、空が明るくしらんで見えること。
(注3)美大 ―― 美術大学の略。
(注4)246号線 ―― 東京都から静岡県に至る国道。
(注5)馬喰町 ―― 東京都内の地名。直後の外苑(明治神宮外苑)も同じ。
(注6)切り返し ―― 一方に回したハンドルを反対に回して、車の進行方向を修正すること。

次のノートは、Aさんがこの作品を読んで考えたことをまとめたものである。【ノート前半】では、本文中で気になった表現を抜き出し、そこから読み取れることを考えた。【ノート後半】では【ノート前半】での考察をふまえ、他にも澄香の話を聴いている「私」の様子が確認できる箇所を抜き出し、そこから読み取れる「私」のあり方についてまとめた。ノートを読み、後の問いに答えよ。

【ノート前半】
○気になった表現=括弧が付いているところ
◆②「(けれど、これらの文言は本当に外壁に下げられているのだろうか)」
◆③「(と、澄香が言う)」

これらの表現から読み取れること:「私」は、澄香が言うことを( X )。

【ノート後半】
○他にも澄香の話を聴いている「私」の様子が確認できる箇所
◆④「昨日も、今日も、明日もなくなり、〜わたしたちは宇宙で転がっていられるような気持ちになる。」
◆⑤「毎日物語の続きを聴いているようなわたしたちは、行ったことのない澄香の働いている場所を細部まで思い浮かべることができた。」
◆⑥「ナバタメさんにも会ったことはない。〜眠りに就くひとだ。」

これらの箇所から読み取れる「私」のあり方:毎日のように澄香の話を聴く「私」は( Y )。

空欄( X )に入るものとして最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
  • 事実としてそのまま素直に受け入れているわけではない
  • 彼女の心の内を知る手がかりとして冷静に分析している
  • 三人で楽しむための手段として極力遮らずに聴いている
  • 作り話として疑いの念をもって聴いているわけではない

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この過去問の解説 (3件)

01

「(けれど、…)」の表現は、標語の書かれた懸垂幕が、澄香の説明通り職場に下げられているのだろうかと考える「私」の思いを表しています。

また、「(と、澄香が言う)」の表現は、澄香の職場の掃除機が子熊くらいの大きさと重さであるという説明が、あくまで澄香が言ったことである、と強調するものです。やはり、澄香の話を疑う「私」の思いを表しています。

空欄は、これらの本文中で気になった表現から読み取れる内容が記述されますので、上記のように抜き出された本文の特徴を押さえることが必要です。

選択肢1. 事実としてそのまま素直に受け入れているわけではない

これが最も適当です。

抜き取れられた本文の表現はどれも、澄香の話をありのままの事実を語っているのではなく、どこか脚色されているのではないかと受け止める「私」の思いが表現された箇所です。そのため、この選択肢の説明は他の選択肢と比べ最も適当といえるでしょう。

選択肢2. 彼女の心の内を知る手がかりとして冷静に分析している

不適当です。

「私」は澄香の言葉を額面通り受け止めているわけではありませんが、「冷静に分析している」わけではありません。「私」なりの感想を抱きながら澄香の話を聞いているにすぎず「分析」とするにはズレがあります。

選択肢3. 三人で楽しむための手段として極力遮らずに聴いている

不適当です。

「遮ら」ないように「私」が意識しているかは本文中の表現からは読み取れません。

選択肢4. 作り話として疑いの念をもって聴いているわけではない

不適当です。

「疑いの念をもって聴いているわけではない」が不適当です。むしろ抜き出された本文の表現は、「私」が澄香の話を鵜呑みにせず疑念をもちながら聴いていることが表現されています。

まとめ

抜き出された本文の表現がどういった心情を表現するものか読み取ることが必要です。少し趣向が凝らされた設問であっても、本文の読解力を試す設問であることに変わりはありません。

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02

ノート前半の考察を踏まえて、ノート後半の考察へ進む問題です。

 

正答は「事実としてそのまま素直に受け入れているわけではない」です。

 

各選択肢を見ていきましょう。

選択肢1. 事実としてそのまま素直に受け入れているわけではない

適当です。

 

②(けれど、これらの文言は本当に外壁に下げられているのだろうか)
これは明らかに澄香の話の内容を疑っている言葉です。

 

また、
③(と、澄香が言う)
との伝聞調で書かれていることを踏まえると、「私」は澄香の話をあくまで澄香の話として捉えており、実際に目にしたことがないため、現実はどうなのかわからないと考えていることが窺えます。

選択肢2. 彼女の心の内を知る手がかりとして冷静に分析している

不適当です。

 

②の「文言が外壁にかけられている」かどうかは、澄香の心情には影響がありません。

 

たとえ澄香が嘘をついていて、本当は文言が外壁ではなく内壁にかかっていたとしても、そこから得られる情報は、
・澄香が嘘をついた
・嘘をつく理由があったのかもしれない
で止まり、それ以上はわかりません。

 

嘘をついていたとすれば、③の(と、澄香が言う)は「澄香の言うことだから嘘かもしれない」と疑っている、との意味になります。

 

しかし「私」は基本的に澄香の話を「「いいかも」とやはり考えずに返事する。」くらいには話半分に聞いています。

疑っているのか、話半分なのか、いずれにせよ「澄香の心の内を知る手がかりとして冷静に分析している」とは程遠いことがわかります。

選択肢3. 三人で楽しむための手段として極力遮らずに聴いている

不適当です。

 

「聴く」は「聞く」と異なり、耳だけで聞き流すのではなく心から相手の話に耳を傾けることを意味します。
 

「私」は先述の通り、考えずに返事をするくらい話半分で「聞いて」いますから、「聴」の漢字を用いている段階で不適切です。

 

また澄香の話は澄香自身が自身の行動を納得するための自己処理的なものであり、三人で楽しむためのものではありません。

いずれにせよ不適当となります。

選択肢4. 作り話として疑いの念をもって聴いているわけではない

不適当です。

 

②の段階で「私」が澄香の話の真偽を疑っていることは明らかなため、誤りとなります。

まとめ

ノート前半、ノート後半などと書かれているため問題文がややこしく感じてしまいますが、問われていることは②と③の文章の意味であり、下線部の意味を問う他の問題と変わりありません。

 

まずは落ち着いて、問題文を読みましょう。
問題自体の難易度は易しいため、落ち着いてさえいれば正解するのは容易なはずです。

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03

②③の箇所からは、「私」が澄香の発言に対して(本当に?)(大げさに言ってるだけじゃないの?)と、心の中で怪しんでいる様子が伝わってきます。したがって、そのような解釈をしている選択肢が正解となります。

選択肢1. 事実としてそのまま素直に受け入れているわけではない

冒頭で解説した内容と合致しているこの選択肢が正解です。

選択肢2. 彼女の心の内を知る手がかりとして冷静に分析している

②③からは「私」が澄香の心の内を知ろうとしている様子までは読み取れないため、誤りです。

選択肢3. 三人で楽しむための手段として極力遮らずに聴いている

冒頭で解説した要素を的確に捉えていないため、誤りです。

選択肢4. 作り話として疑いの念をもって聴いているわけではない

②③から伝わってくるのは、むしろ「きっと作り話だろう」という疑いの念であるため、誤りです。文末の「…わけではない」まできちんと読んで判断しましょう。

まとめ

②③が含まれている文を通読することで、「私」が澄香の言う事を話半分で聞いているニュアンスが読み取れれば容易に解答できる問題かと思います。

 

ただ、「作り話として疑いの念をもって聴いているわけではない」という選択肢に関しては、文頭だけ見て文末の「わけではない」を見落として誤答することも考えられますので、時間に追われていたり集中力が切れかけていても、選択肢は慌てず最後まで読むようにしましょう。

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