大学入学共通テスト(国語) 過去問
令和7年度(2025年度)追・再試験
問19 (第2問(小説) 問9)
問題文
まぶたを開くと、木蓮(もくれん)の枝から、白いはなびらが一枚真下に落ちた。
それがあまりにたやすい落ち方だったので、だから、もう家の中に入ろうと父に声をかけようとしたら、蝶(ちょう)の羽ばたきみたいなゆっくりと不規則な砂利を踏む音が聞こえてきた。澄香の足音だ。サーモンピンクのワンピースに黒のライダースジャケットを着た澄香が庭へ現れる。
「ただいま」
「おかえり」
澄香が私の隣に座ると、窓辺の空気がたゆんだようになり、からだから力が抜けてゆるんでゆく。
「みんなのふつうより、大事なのはきみのふつう」隣で上着のポケットに両手を入れたままの澄香が言った。
「なにそれ?」
「今日、ナバタメさんが施設の壁面に設置した町会の懸垂幕のスローガン。なかなか、いいでしょ。残念なことに、その前を通り過ぎるほとんどの人は気付いてないみたいだけど」
「なかなか、いいかも」と考えずに返答する。通常から自分のふつうを優先し過ぎている(ア)きらいのある私は、みんなの中にいると不安になる。あまり興味のないことをそれでもみんなと笑いながら話していると、体温が低くなってきて、ああ、魚類になりたい、などと思い始める。①みんなの中にあるとされているふつうと呼ばれるものは、自分のふつうの一番外側を薄っぺらく剥ぎ取ってくっつけ合わせたような、すぐにでも破れそうな球体みたいなもので、脆(もろ)いのを知っているのに、その球体の中の方が安楽だと思えてしまうA 危険な装置のようで、呪いの文句のようだ。けれど、信念だとか、誇りみたいなものを持つことは、誰かに対する暴力につながるのではないか、とも恐れている。
「家に帰る前にこの懸垂幕見たら、なんだか後押しされる気がするの」
「後押しって?」と澄香に聞く。
「また明日って思えることの後押し。また明日今日と同じ時間に起きよう、とか、また明日朝礼の時は顔を上げてよう、とか、また明日帰りにスーパーマーケットに寄って魚の品定めをしようとか、ただ、今日の続きを繰り返せば大丈夫って、なんとなく思える気がする」
また明日、と思うことが簡単ではなくなったのはいつからだろう。
「しかも、今回の懸垂幕のフォントは明朝体(みんちょうたい)だったんだよね」
「そうなんだ」
「ゴシック体より、いいでしょ」
「いいかも」とやはり考えずに返事する。
風が通ってゆく。棕櫚(注1)の葉先が揺れる。こうしていると、今日がいつのことだかわからなくなるようだった。④昨日も、今日も、明日もなくなり、わたしたちは、生まれた順番も、男や女という区別も、父と娘という関係も取っ払って、いっこずつのただの鉱石みたいになってここに転がって、長いあいだ語らい合っているような気持ちになる。この星が滅んでも、石になったわたしたちは宇宙で転がっていられるような気持ちになる。
B 澄香は仕事や同僚について、毎日のようにわたしたちに話した。わたしたちに話すことが、世界を納得するための彼女の方法なのだと思う。澄香はひとつひとつの物事を肯定的に納得しながら、進みたいひとなのだ。
⑤毎日物語の続きを聴いているようなわたしたちは、行ったことのない澄香の働いている場所を細部まで思い浮かべることができた。保健所と文化センターが入る地下一階、地上三階建ての古びた施設。ススキのような色の皺(しわ)の付きにくい布地の制服を着て、清掃をして、ゴミの回収と分別を行い、文化センターで催事があるときは集会室にパイプ椅子やテーブルを要望通りの位置へ並べて準備をし、終了後には元の位置に戻す。保健所でこどもたちの検診のあった日は、終わった後も施設のそこかしこに彼らの声が残っているようで、その声までも拾い集めるように片付けをした。ちょっと待って、その振り込み、とか、つくっていこう、誰かが君を語ることのできる街、とか、一寸先は少し明るいはず、とか、あなたと一緒に月しろ(注2)を待つ、などと書かれた行政や町会の標語の懸垂幕を施設の外壁に下げる。これはナバタメさんに任された仕事で、この仕事を任されると一人前と認められることになる。そして、ナバタメさんはこの標語を決める会議になぜか時折参加しているらしい②(けれど、これらの文言は本当に外壁に下げられているのだろうか)。掃除機は、子熊くらいの大きさと重さであり③(と、澄香が言う)、これを引っ張りながらよく滑る廊下を移動して行く。掃除中のコードは、歩行者の邪魔にならないように、見た目もすっきりしなければならないというルールがあって、壁と並行にして沿わせて移動しなくてはならない。文化センターの第四金曜日の午後の琴のサークルの時空を曲げるような、半永久的に続くような弦を弾く音を聴きながら、階段の滑り止めをひとすじずつ掃除するのが澄香の一番好きな作業だった。
⑥ナバタメさんにも会ったことはない。漢字の表記も知らない。でも、彼のことをよく知っている。晴れている日よりも、曇り空で、雨の降る直前の匂いが漂うような、そんなのが似合うひと。澄香の職場の一年先輩で年齢は澄香より十五歳上の四十四歳、痩(や)せ型、趣味は川釣り、歩いていると誰かの落し物を見つけて拾うことが多くて、宴席は常に壁寄りを好み、ずっと枝豆なんかをつまんでいる。仕事の手順や職場のひととの付き合い方というような話よりも、昨日釣った魚やその川水の冷たさや透明さや、岩に這(は)う苔(こけ)のやわらかさ、そんなことを話すひとで、少し寂しがりで、夜になると、これは私の想像だけど、少年の頃から親しんでいる詩集の中からその晩にふさわしい一篇(ぺん)の詩を選び出し、その世界にゆっくりと身を投じてゆくように読んでから眠りに就くひとだ。
澄香のこの職場は彼女が美大(注3)を卒業してから幾つ目だろう。この前は商店街にある耳鼻科の受付だった。耳鼻科の前は246号線(注4)の向こう側の学校の給食センター、給食センターの前は馬喰町(ばくろちょう)(注5)の布問屋、その前は外苑(がいえん)のデザイン事務所。今の仕事は私と同じく今年で三年目だから、これまでで最も続いていることになる。
わたしたち姉妹は、仕事が長続きしない。
「それでも働き続けているのだから、上出来じゃない」と父は言うものだから、それもそうか、と簡単にわたしたちは腑(ふ)に落ちる。父は些細なことを上出来じゃない、と褒める。出汁(だし)巻きたまごが少し破れてしまった時や、切り返し(注6)をしながらバックで駐車をした時や、忘れ物に気が付いて急いで家に取りに戻った時。新しい仕事に就き、父に上出来じゃないと言ってもらい、今度は、きちんとしようと毎回思うけれど、しばらくすると澄香は物事を納得できなくなり、私はC 水越しに見るようなぼやけた世界がさらに歪(ゆが)んで見えてくるのだった。
「春野の会社の主任さんは、今は週に何日同居してるの?」
「週二日のままだよ」
主任は二年程前から妻子と別居しており、最近になって妻子のいる家で週二日過ごすことになっていた。
「週休二日か」「週休?妻子と過ごす日って休日の類(たぐい)なのかな?」「休日じゃないの?」「でも、同居の前日は、主任夕方から電話のかけ違いが(イ)やたら多くなるよ」とわたしたちが話してると、父が、まあでもそれが主任さんたちのふつうなんでしょう、と言った。
ひとりだったり、三人だったりで暮らしている主任のいる衛生用品を扱う小さな商社が、私の三つ目の勤め先だった。急行の停(と)まらない最寄り駅から歩いて十五分程の場所にあるその会社は、社員の氏名をひとりずつ言えるくらいの規模で、部長という役職は存在せず、主任と課長と社長と皆同じ部屋で仕事をしている。総務部で私に任されている仕事は、文房具や備品の補充をしたり、交通費や出金請求の申請書の受付をしたり、年末の全社員で行う親睦会の会場を探したり、毎年参加する地域の盆踊り大会の手伝いなどで、毎週、毎月、季節ごとに決められたことに対処していくものだった。何かを変えようとか、変えないとか、どちらも自分には関係のないことと思うために、結局変わらないよね、と批評しているひとの(ウ)はす向かい辺りでその話を聞いているような私の働き方の姿勢は、三つ目の会社へ移っても同じだった。
「私のふつうは、どんなだろうなあ」さらさらと父が言った。
父は、さもありなん、というようなスタンスのひとで、さもありなん、そんなこともあるだろうさ、というようなことを父が言うと澄香と私はくっつき過ぎた気持ちと自分の間に隙間ができて、執着していた気持ちを、ついと手放してしまうことができるのだった。未練なく手放したその気持ちは、あっさりとただの「もの」のようになってしまう。D だから父のさもありなんは、澄香と私を楽にしてくれる。
(注1)棕櫚 ―― やし科の常緑高木。
(注2)月しろ ―― 月が出ようとする時、空が明るくしらんで見えること。
(注3)美大 ―― 美術大学の略。
(注4)246号線 ―― 東京都から静岡県に至る国道。
(注5)馬喰町 ―― 東京都内の地名。直後の外苑(明治神宮外苑)も同じ。
(注6)切り返し ―― 一方に回したハンドルを反対に回して、車の進行方向を修正すること。
次のノートは、Aさんがこの作品を読んで考えたことをまとめたものである。【ノート前半】では、本文中で気になった表現を抜き出し、そこから読み取れることを考えた。【ノート後半】では【ノート前半】での考察をふまえ、他にも澄香の話を聴いている「私」の様子が確認できる箇所を抜き出し、そこから読み取れる「私」のあり方についてまとめた。ノートを読み、後の問いに答えよ。
【ノート前半】
○気になった表現=括弧が付いているところ
◆②「(けれど、これらの文言は本当に外壁に下げられているのだろうか)」
◆③「(と、澄香が言う)」
↓
これらの表現から読み取れること:「私」は、澄香が言うことを( X )。
【ノート後半】
○他にも澄香の話を聴いている「私」の様子が確認できる箇所
◆④「昨日も、今日も、明日もなくなり、〜わたしたちは宇宙で転がっていられるような気持ちになる。」
◆⑤「毎日物語の続きを聴いているようなわたしたちは、行ったことのない澄香の働いている場所を細部まで思い浮かべることができた。」
◆⑥「ナバタメさんにも会ったことはない。〜眠りに就くひとだ。」
↓
これらの箇所から読み取れる「私」のあり方:毎日のように澄香の話を聴く「私」は( Y )。
空欄( Y )に入るものとして最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
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問題
大学入学共通テスト(国語)試験 令和7年度(2025年度)追・再試験 問19(第2問(小説) 問9) (訂正依頼・報告はこちら)
まぶたを開くと、木蓮(もくれん)の枝から、白いはなびらが一枚真下に落ちた。
それがあまりにたやすい落ち方だったので、だから、もう家の中に入ろうと父に声をかけようとしたら、蝶(ちょう)の羽ばたきみたいなゆっくりと不規則な砂利を踏む音が聞こえてきた。澄香の足音だ。サーモンピンクのワンピースに黒のライダースジャケットを着た澄香が庭へ現れる。
「ただいま」
「おかえり」
澄香が私の隣に座ると、窓辺の空気がたゆんだようになり、からだから力が抜けてゆるんでゆく。
「みんなのふつうより、大事なのはきみのふつう」隣で上着のポケットに両手を入れたままの澄香が言った。
「なにそれ?」
「今日、ナバタメさんが施設の壁面に設置した町会の懸垂幕のスローガン。なかなか、いいでしょ。残念なことに、その前を通り過ぎるほとんどの人は気付いてないみたいだけど」
「なかなか、いいかも」と考えずに返答する。通常から自分のふつうを優先し過ぎている(ア)きらいのある私は、みんなの中にいると不安になる。あまり興味のないことをそれでもみんなと笑いながら話していると、体温が低くなってきて、ああ、魚類になりたい、などと思い始める。①みんなの中にあるとされているふつうと呼ばれるものは、自分のふつうの一番外側を薄っぺらく剥ぎ取ってくっつけ合わせたような、すぐにでも破れそうな球体みたいなもので、脆(もろ)いのを知っているのに、その球体の中の方が安楽だと思えてしまうA 危険な装置のようで、呪いの文句のようだ。けれど、信念だとか、誇りみたいなものを持つことは、誰かに対する暴力につながるのではないか、とも恐れている。
「家に帰る前にこの懸垂幕見たら、なんだか後押しされる気がするの」
「後押しって?」と澄香に聞く。
「また明日って思えることの後押し。また明日今日と同じ時間に起きよう、とか、また明日朝礼の時は顔を上げてよう、とか、また明日帰りにスーパーマーケットに寄って魚の品定めをしようとか、ただ、今日の続きを繰り返せば大丈夫って、なんとなく思える気がする」
また明日、と思うことが簡単ではなくなったのはいつからだろう。
「しかも、今回の懸垂幕のフォントは明朝体(みんちょうたい)だったんだよね」
「そうなんだ」
「ゴシック体より、いいでしょ」
「いいかも」とやはり考えずに返事する。
風が通ってゆく。棕櫚(注1)の葉先が揺れる。こうしていると、今日がいつのことだかわからなくなるようだった。④昨日も、今日も、明日もなくなり、わたしたちは、生まれた順番も、男や女という区別も、父と娘という関係も取っ払って、いっこずつのただの鉱石みたいになってここに転がって、長いあいだ語らい合っているような気持ちになる。この星が滅んでも、石になったわたしたちは宇宙で転がっていられるような気持ちになる。
B 澄香は仕事や同僚について、毎日のようにわたしたちに話した。わたしたちに話すことが、世界を納得するための彼女の方法なのだと思う。澄香はひとつひとつの物事を肯定的に納得しながら、進みたいひとなのだ。
⑤毎日物語の続きを聴いているようなわたしたちは、行ったことのない澄香の働いている場所を細部まで思い浮かべることができた。保健所と文化センターが入る地下一階、地上三階建ての古びた施設。ススキのような色の皺(しわ)の付きにくい布地の制服を着て、清掃をして、ゴミの回収と分別を行い、文化センターで催事があるときは集会室にパイプ椅子やテーブルを要望通りの位置へ並べて準備をし、終了後には元の位置に戻す。保健所でこどもたちの検診のあった日は、終わった後も施設のそこかしこに彼らの声が残っているようで、その声までも拾い集めるように片付けをした。ちょっと待って、その振り込み、とか、つくっていこう、誰かが君を語ることのできる街、とか、一寸先は少し明るいはず、とか、あなたと一緒に月しろ(注2)を待つ、などと書かれた行政や町会の標語の懸垂幕を施設の外壁に下げる。これはナバタメさんに任された仕事で、この仕事を任されると一人前と認められることになる。そして、ナバタメさんはこの標語を決める会議になぜか時折参加しているらしい②(けれど、これらの文言は本当に外壁に下げられているのだろうか)。掃除機は、子熊くらいの大きさと重さであり③(と、澄香が言う)、これを引っ張りながらよく滑る廊下を移動して行く。掃除中のコードは、歩行者の邪魔にならないように、見た目もすっきりしなければならないというルールがあって、壁と並行にして沿わせて移動しなくてはならない。文化センターの第四金曜日の午後の琴のサークルの時空を曲げるような、半永久的に続くような弦を弾く音を聴きながら、階段の滑り止めをひとすじずつ掃除するのが澄香の一番好きな作業だった。
⑥ナバタメさんにも会ったことはない。漢字の表記も知らない。でも、彼のことをよく知っている。晴れている日よりも、曇り空で、雨の降る直前の匂いが漂うような、そんなのが似合うひと。澄香の職場の一年先輩で年齢は澄香より十五歳上の四十四歳、痩(や)せ型、趣味は川釣り、歩いていると誰かの落し物を見つけて拾うことが多くて、宴席は常に壁寄りを好み、ずっと枝豆なんかをつまんでいる。仕事の手順や職場のひととの付き合い方というような話よりも、昨日釣った魚やその川水の冷たさや透明さや、岩に這(は)う苔(こけ)のやわらかさ、そんなことを話すひとで、少し寂しがりで、夜になると、これは私の想像だけど、少年の頃から親しんでいる詩集の中からその晩にふさわしい一篇(ぺん)の詩を選び出し、その世界にゆっくりと身を投じてゆくように読んでから眠りに就くひとだ。
澄香のこの職場は彼女が美大(注3)を卒業してから幾つ目だろう。この前は商店街にある耳鼻科の受付だった。耳鼻科の前は246号線(注4)の向こう側の学校の給食センター、給食センターの前は馬喰町(ばくろちょう)(注5)の布問屋、その前は外苑(がいえん)のデザイン事務所。今の仕事は私と同じく今年で三年目だから、これまでで最も続いていることになる。
わたしたち姉妹は、仕事が長続きしない。
「それでも働き続けているのだから、上出来じゃない」と父は言うものだから、それもそうか、と簡単にわたしたちは腑(ふ)に落ちる。父は些細なことを上出来じゃない、と褒める。出汁(だし)巻きたまごが少し破れてしまった時や、切り返し(注6)をしながらバックで駐車をした時や、忘れ物に気が付いて急いで家に取りに戻った時。新しい仕事に就き、父に上出来じゃないと言ってもらい、今度は、きちんとしようと毎回思うけれど、しばらくすると澄香は物事を納得できなくなり、私はC 水越しに見るようなぼやけた世界がさらに歪(ゆが)んで見えてくるのだった。
「春野の会社の主任さんは、今は週に何日同居してるの?」
「週二日のままだよ」
主任は二年程前から妻子と別居しており、最近になって妻子のいる家で週二日過ごすことになっていた。
「週休二日か」「週休?妻子と過ごす日って休日の類(たぐい)なのかな?」「休日じゃないの?」「でも、同居の前日は、主任夕方から電話のかけ違いが(イ)やたら多くなるよ」とわたしたちが話してると、父が、まあでもそれが主任さんたちのふつうなんでしょう、と言った。
ひとりだったり、三人だったりで暮らしている主任のいる衛生用品を扱う小さな商社が、私の三つ目の勤め先だった。急行の停(と)まらない最寄り駅から歩いて十五分程の場所にあるその会社は、社員の氏名をひとりずつ言えるくらいの規模で、部長という役職は存在せず、主任と課長と社長と皆同じ部屋で仕事をしている。総務部で私に任されている仕事は、文房具や備品の補充をしたり、交通費や出金請求の申請書の受付をしたり、年末の全社員で行う親睦会の会場を探したり、毎年参加する地域の盆踊り大会の手伝いなどで、毎週、毎月、季節ごとに決められたことに対処していくものだった。何かを変えようとか、変えないとか、どちらも自分には関係のないことと思うために、結局変わらないよね、と批評しているひとの(ウ)はす向かい辺りでその話を聞いているような私の働き方の姿勢は、三つ目の会社へ移っても同じだった。
「私のふつうは、どんなだろうなあ」さらさらと父が言った。
父は、さもありなん、というようなスタンスのひとで、さもありなん、そんなこともあるだろうさ、というようなことを父が言うと澄香と私はくっつき過ぎた気持ちと自分の間に隙間ができて、執着していた気持ちを、ついと手放してしまうことができるのだった。未練なく手放したその気持ちは、あっさりとただの「もの」のようになってしまう。D だから父のさもありなんは、澄香と私を楽にしてくれる。
(注1)棕櫚 ―― やし科の常緑高木。
(注2)月しろ ―― 月が出ようとする時、空が明るくしらんで見えること。
(注3)美大 ―― 美術大学の略。
(注4)246号線 ―― 東京都から静岡県に至る国道。
(注5)馬喰町 ―― 東京都内の地名。直後の外苑(明治神宮外苑)も同じ。
(注6)切り返し ―― 一方に回したハンドルを反対に回して、車の進行方向を修正すること。
次のノートは、Aさんがこの作品を読んで考えたことをまとめたものである。【ノート前半】では、本文中で気になった表現を抜き出し、そこから読み取れることを考えた。【ノート後半】では【ノート前半】での考察をふまえ、他にも澄香の話を聴いている「私」の様子が確認できる箇所を抜き出し、そこから読み取れる「私」のあり方についてまとめた。ノートを読み、後の問いに答えよ。
【ノート前半】
○気になった表現=括弧が付いているところ
◆②「(けれど、これらの文言は本当に外壁に下げられているのだろうか)」
◆③「(と、澄香が言う)」
↓
これらの表現から読み取れること:「私」は、澄香が言うことを( X )。
【ノート後半】
○他にも澄香の話を聴いている「私」の様子が確認できる箇所
◆④「昨日も、今日も、明日もなくなり、〜わたしたちは宇宙で転がっていられるような気持ちになる。」
◆⑤「毎日物語の続きを聴いているようなわたしたちは、行ったことのない澄香の働いている場所を細部まで思い浮かべることができた。」
◆⑥「ナバタメさんにも会ったことはない。〜眠りに就くひとだ。」
↓
これらの箇所から読み取れる「私」のあり方:毎日のように澄香の話を聴く「私」は( Y )。
空欄( Y )に入るものとして最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
- 妹や父との語らいを困難の多い日常を離れられる束(つか)の間の休息と感じており、澄香の話に描かれる世界に自分も身を置き心のよりどころとしていつも大事にしている
- 妹や父との語らいを時間の経過も忘れてしまうほど没頭できるものと感じており、澄香の話を何気なく聴き続ける日常の尊さを自分の心に刻み込もうと意識している
- 妹や父との語らいを日常のしがらみや束縛から離れられる瞬間と感じており、澄香の話に自分のあるべき生き方が示されていると考えて隅々にまで注意を向けている
- 妹や父との語らいを現実の時間や関係性から離れた心地よいものと感じており、澄香の話を想像を交えて受け入れることで自分の日常とは異なる世界を持ち得ている
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この過去問の解説 (3件)
01
「昨日も、今日も…」の箇所では、「私」が澄香や父とともに現実の時間や関係性を離れ、それぞれ鉱石となって存在し続けられることができるような気持ちになっている様子が語られています。
「毎日物語の…」の箇所では、「私」と父が行ったこともない澄香の職場について詳細に思い浮かべられることが述べられています。
「ナバタメさんにも…の箇所では、「私」がナバタメさんにも会ったことがないにも関わらず詳しく知っており、「少年の頃から親しんでいる詩集の中からその晩にふさわしい一篇の詩を選び出し、その世界にゆっくりと身を投じゆくように読んでから眠りに就くひと」なのではないか、といった想像をかき立てられることが語られています。
これらの箇所に共通するのは、「私」が澄香の話を聴くことで、行ったこともない人のことを詳細に思い浮かべ、日常の時間や関係性から解き放たれる感覚を味わっていることが読み取れます。これを踏まえ、選択肢を検討しましょう。
不適当です。
全体的に本文の内容を正しく汲み取れていません。「休息」や「澄香の話に描かれる世界に自分も身を置き心のよりどころとしていつも大事にしている」と明言できるほどの根拠は抜き出しの箇所には無いでしょう。
「私」は、自ら「想像」しながら話を聴いており、澄香の話に身を委ね安らぎを得ているわけではないでしょう。「私」が、現実の世界から解放される感覚を得ている様子を履き違えて説明しているともいえます。
不適当です。
全体的に本文の内容を正しく汲み取れていません。
本文の「昨日も今日も明日もなくなり」という表現は、「私」が澄香の話に入り込む中で、日常の時間感覚から解放されていくことを表しているのであり、「時間の経過も忘れてしまうほどの没頭」と説明するのは意味が異なるでしょう。
また本文ではそのように、日常から離れ、別の世界に入り込むことの価値が語られているのであり、「日常の尊さを自分の心に刻み込もう」と説明するのは、本文の内容とは逆の説明です。
不適当です。
「自分のあるべき生き方が示されていると考えて」の説明の根拠となる箇所が、本文中からは読み取れません。
これが最も適当です。
「私」は、澄香の話を聴くことで、行ったこともない人のことを詳細に思い浮かべ、日常の時間や関係性から解き放たれる感覚を味わっていることが読み取れます。それはこの選択肢が説明するように「心地よい」ものであり、自分の「想像」を交えることで「自分の日常とは異なる世界」の獲得が果たされているといえます。
抜き出された本文の表現がどういった心情を表現するものか読み取ることが必要です。抜き出された箇所の共通点や相違点など、出題者の意図を考え、本文の読解に役立てましょう。趣向が凝らされた設問であっても、本文の読解力を試す設問であることに変わりはありません。
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02
④の最後「この星が滅んでも、石になったわたしたちは宇宙で転がっていられるような気持ちになる。」は、環境がめちゃくちゃに崩れても自分たちは変わらずにいられるとの安心感を表しています。
⑤の「毎日物語の続きを聴いているようなわたしたちは、行ったことのない澄香の働いている場所を細部まで思い浮かべることができた。」は、澄香の過ごしている環境は「私」の周囲の環境とはまったく異なるが、それでも「私」は澄香の話を通して、澄香の環境を見てきたかのように感じられるとの意味です。
ここでの「環境」は「世界」と置き換えてもかまいません。
ひとりひとりを取り巻く世界を、「私」は澄香の話によって身近に感じられています。
⑥の「ナバタメさんにも会ったことはない。〜眠りに就くひとだ。」では、「これは私の想像だけど、」とある通り、澄香の話からナバタメさんの人物像を想像して楽しむ「私」の姿勢が描かれています。
したがって、澄香の話は
・「私」へ安心感を抱かせるものであり
・異なる世界を体験させてくれるものでもあり
・勝手な想像で楽しむことを許してくれるものでもある
との内容が空欄(Y)に適切です。
これらの条件を満たす選択肢は「妹や父との語らいを現実の時間や関係性から離れた心地よいものと感じており、澄香の話を想像を交えて受け入れることで自分の日常とは異なる世界を持ち得ている」となります。
また、空欄(Y)はノート後半であるため、ノート前半でわかっていることも参考にしましょう。
それでは正答も含め、各選択肢を見ていきましょう。
「澄香の話に描かれる世界に自分も身を置き」「心のよりどころとして」が誤りのため不適切です。
澄香の話は澄香の世界を感じさせてくれるものですが、それは「私」には「私の世界」があるからこそです。
⑤の「毎日物語の続きを聴いているようなわたしたち」へとつながるためには、澄香の話の中に「私」が身を置いていてはいけません。
自分が身を置く場所は「現実」であって、「物語」とは表現しません。
また、ノート前半で澄香の話を疑っているところから、「心のよりどころ」は誤りだとわかります。
「よりどころ」は疑いのないものに対して絶対の信頼を寄せることを指し、それが崩れると自分自身も崩れてしまうようなものを指します。
疑っている時点で「よりどころ」とは言えません。
論点がずれているため、不適切です。
解説冒頭で述べた三要素がほとんど入っていません。
また、「自分の心に刻み込もうと意識している」のなら、本文中会話文序盤のような「「いいかも」とやはり考えずに返事する。」ことにはなりません。
意識してひとの話を聴くときは、返答も考えるものです。
「自分の心に刻み込もうと意識」は、「私」の澄香の話を聞き流している態度と矛盾するため誤りです。
「澄香の話に自分のあるべき生き方が示されていると考え」が誤りのため不適切です。
本文中の「わたしたちに話すことが、世界を納得するための彼女の方法なのだと思う。」に表されている通り、「私」は澄香は澄香、私は私との認識を持っています。
また解説冒頭の通り「物語の続きを聴いているような」というのは、あくまで澄香の世界は澄香のものだとの認識を示しています。
話を聞くことで澄香の世界を身近に感じられることはあっても、澄香の世界が自分のあるべき生き方を示すものだとは考えていません。
適当です。
解説冒頭で述べた三要素がきちんとすべて書かれています。
「澄香の話で安心感を抱く」に関しては、書き方の違いはあれど内容として大差ないため、選択肢前半で判断はしづらいでしょう。
今回は解答に重要な点が三つありました。
選択肢で問われている論点ごとに、選択肢の文章にスラッシュを入れて正誤を判断すると論点がわかりやすく、また間違えにくくなります。
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03
父や澄香と会話している時の「私」の心情を正しく捉えられているかが問われている問題です。
特に④の文章の解釈が重要となります。
④昨日も、今日も、明日もなくなり、わたしたちは、生まれた順番も、男や女という区別も、父と娘という関係も取っ払って、いっこずつのただの鉱石みたいになってここに転がって、長いあいだ語らい合っているような気持ちになる。この星が滅んでも、石になったわたしたちは宇宙で転がっていられるような気持ちになる。
ここで、④とそれ以前の段落にある文章との対比に着目してみます。
通常から自分のふつうを優先し過ぎているきらいのある私は、みんなの中にいると不安になる。あまり興味のないことをそれでもみんなと笑いながら話していると、体温が低くなってきて、ああ、魚類になりたい、などと思い始める。
つまり、父や澄香と話している時の「私」は他人と話している時とは違い、時間(=昨日、今日、明日)も年齢も性別も続柄も超えたものになって、不安とは対極にある感情(=安らぎ)を覚えていることがポイントです。
上記をふまえて各選択肢を見ていきましょう。
澄香や父との語らいの時間について、④の文章のエッセンスである、時空も年齢も性別も続柄も超えたものという要素が十分に説明できていないため、この選択肢は不適と判断できます。
「日常の尊さを自分の心に刻み込もうと意識している」という根拠が本文からは読み取れないため、誤りです。
「澄香の話に自分のあるべき生き方が示されている」と「私」が考えている根拠は本文から読み取れないため、誤りです。
・「現実の時間や関係性から離れた」…本文の「昨日も、今日も、明日もなくなり~」の部分と適切に対応しています。
・「想像を交えて受け入れることで~」…⑥の文中に「これは私の想像だけど」という一節があることから、「私」はナバタメさんについて澄香の話を繋ぎ合わせて独自の人物像を作り上げていることが分かり、その様子を的確に捉えています。
上記の点から、この選択肢が正解と判断できます。
どの選択肢も部分的には本文に即した説明が散りばめられているため、消去法だけでは正解を見つけるのが難しいと思われます。
④~⑥の文章の中で最も重要となるエッセンスを見極め、それについて十分説明できている選択肢を探しましょう。
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