大学入学共通テスト(国語) 過去問
令和7年度(2025年度)追・再試験
問25 (第4問(古文) 問1)
問題文
[1]宇治には、若君の御乳母(めのと)、明くるまで帰りたまはねば(注1)あやしと思ふに、御格子(みかうし)など参るほどまで見えたまはず。人々尋ねあやしがりきこゆるに、言はむ方なくあきれて、思ひ寄るまじきものの隈々(くまぐま)などまで尋ね求めたてまつるに、(ア)いづくにかおはせむ。言ふかひなく思ひまどふほどに、殿おはしたるに、かうかうと聞こえさすれば、うち聞きたまふよりかきくらし心まどひたまひて、ものもおぼえたまはず。「さても、いかなりしことぞ。A 日ごろいかなるけしきか見えたまひし。古里(ふるさと)のわたり(注2)より訪れ寄る人やありし」と問ひたまふを、我さへ騒がれぬべければ(注3)、乳母もa え申し出でず、「さる御けしきもえ見えはべらず。見たてまつらせたまふほどはさりげなくて、一(ひと)ところおはしますほどは、若君を目も放たず見たてまつらせたまひつつ、うち忍び泣き明かし暮らさせたまひしをば、世の中に恨めしくもおぼつかなくも思ひきこえさせたまふ人やおはしますらむなどこそ、心苦しく見たてまつりはべりしか。かうざまに思(おぼ)しめしなるらむ御けしきとつゆも見たてまつらざりき」と聞こゆるに、言はむ方なし。
[2]限りなくのみもてかしづかれたりし身(注4)を、いとかく忍び隠(かく)ろへたるさまにて、あなたざまのこと(注5)を心に入れて扱ひつつ、ここにはありもつかず(イ)都がちにあくがれたりつるを、げにいかに見も馴(な)らはずあやしくあいなしとb 思しけむを、うち見るにはすべてさりげなくやすらかなりし御けしきありさまの、かへすがへす見るとも見るとも飽く世なくめでたかりし恋しさの、やらむ方なく、時のほどに心地もかき乱り、来し方行く末もおぼえず、かなしく堪(た)へがたきに、巡りあひ尋ねあはむことおぼえず、いかにせむとかなしきに、若君のかかることやあらむとも知らず顔に何心なき御笑(ゑ)み顔を見るが、限りと思ひとぢむる(注6)世のほだしといとど捨てがたくあはれなるにも、c あはれ、かかる人を見捨てたまひけむ心強さこそと思へど、あさましく、ことわりはかへすがへすも言ひやる方なく、胸くだけてくやしくいみじく、人の御つらさも限りなく思ひ知らる。
[3]臥(ふ)したまひ御座所(おましどころ)に脱ぎ捨てたまへりし御衣(ぞ)どものとまれるにほひ、ただありし人なるを、引き着て、d よよと泣かれたまふ。かばかりのことを夢に見むだに覚めての名残(なごり)ゆゆしかるべし、かたちけはひの言ふ方なく愛敬(あいぎゃう)づきにほひ満ちて、憂きもつらきもあはれなるも、いとにくからず心うつくしげにうち言ひなしたまひし恋しさの、さらにたとへて言はむ方なく、胸よりあまる心地して、人の(ウ)をこがましと見思はむこともたどられず、足摺(あしず)り(注7)といふらむこともしつべく、泣きてもあまる心地して沈み臥したまひぬる御けしきの、いみじくいとほしくわりなきを、B 見たてまつり嘆かる。
(注1)帰りたまはねば ―― 女君が乳母の部屋から戻ってこないということ。前の晩、乳母は女君がその兄弟に会う場所として自分の部屋を提供していた。
(注2)古里のわたり ―― 女君の実家や縁者。
(注3)我さへ騒がれぬべければ ―― 自分までも責め立てられそうだということ。乳母は、女君とその兄弟が会うために協力したことを、権中納言に知らせていなかった。
(注4)限りなくのみもてかしづかれたりし身 ―― かつて男性として宮中に出仕していた頃の女君のこと。
(注5)あなたざまのこと ―― 都にいる別の女性のこと。この女性は権中納言との子を出産したばかりであった。
(注6)限りと思ひとぢむる ―― ここでは、若君を見るのもこれが最後と決意して、出家などしてしまうこと。
(注7)足摺り ―― 幼児が足を動かして激しく泣く時のようなしぐさ。
下線部アの解釈として最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
(ア)いづくにかおはせむ
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問題
大学入学共通テスト(国語)試験 令和7年度(2025年度)追・再試験 問25(第4問(古文) 問1) (訂正依頼・報告はこちら)
[1]宇治には、若君の御乳母(めのと)、明くるまで帰りたまはねば(注1)あやしと思ふに、御格子(みかうし)など参るほどまで見えたまはず。人々尋ねあやしがりきこゆるに、言はむ方なくあきれて、思ひ寄るまじきものの隈々(くまぐま)などまで尋ね求めたてまつるに、(ア)いづくにかおはせむ。言ふかひなく思ひまどふほどに、殿おはしたるに、かうかうと聞こえさすれば、うち聞きたまふよりかきくらし心まどひたまひて、ものもおぼえたまはず。「さても、いかなりしことぞ。A 日ごろいかなるけしきか見えたまひし。古里(ふるさと)のわたり(注2)より訪れ寄る人やありし」と問ひたまふを、我さへ騒がれぬべければ(注3)、乳母もa え申し出でず、「さる御けしきもえ見えはべらず。見たてまつらせたまふほどはさりげなくて、一(ひと)ところおはしますほどは、若君を目も放たず見たてまつらせたまひつつ、うち忍び泣き明かし暮らさせたまひしをば、世の中に恨めしくもおぼつかなくも思ひきこえさせたまふ人やおはしますらむなどこそ、心苦しく見たてまつりはべりしか。かうざまに思(おぼ)しめしなるらむ御けしきとつゆも見たてまつらざりき」と聞こゆるに、言はむ方なし。
[2]限りなくのみもてかしづかれたりし身(注4)を、いとかく忍び隠(かく)ろへたるさまにて、あなたざまのこと(注5)を心に入れて扱ひつつ、ここにはありもつかず(イ)都がちにあくがれたりつるを、げにいかに見も馴(な)らはずあやしくあいなしとb 思しけむを、うち見るにはすべてさりげなくやすらかなりし御けしきありさまの、かへすがへす見るとも見るとも飽く世なくめでたかりし恋しさの、やらむ方なく、時のほどに心地もかき乱り、来し方行く末もおぼえず、かなしく堪(た)へがたきに、巡りあひ尋ねあはむことおぼえず、いかにせむとかなしきに、若君のかかることやあらむとも知らず顔に何心なき御笑(ゑ)み顔を見るが、限りと思ひとぢむる(注6)世のほだしといとど捨てがたくあはれなるにも、c あはれ、かかる人を見捨てたまひけむ心強さこそと思へど、あさましく、ことわりはかへすがへすも言ひやる方なく、胸くだけてくやしくいみじく、人の御つらさも限りなく思ひ知らる。
[3]臥(ふ)したまひ御座所(おましどころ)に脱ぎ捨てたまへりし御衣(ぞ)どものとまれるにほひ、ただありし人なるを、引き着て、d よよと泣かれたまふ。かばかりのことを夢に見むだに覚めての名残(なごり)ゆゆしかるべし、かたちけはひの言ふ方なく愛敬(あいぎゃう)づきにほひ満ちて、憂きもつらきもあはれなるも、いとにくからず心うつくしげにうち言ひなしたまひし恋しさの、さらにたとへて言はむ方なく、胸よりあまる心地して、人の(ウ)をこがましと見思はむこともたどられず、足摺(あしず)り(注7)といふらむこともしつべく、泣きてもあまる心地して沈み臥したまひぬる御けしきの、いみじくいとほしくわりなきを、B 見たてまつり嘆かる。
(注1)帰りたまはねば ―― 女君が乳母の部屋から戻ってこないということ。前の晩、乳母は女君がその兄弟に会う場所として自分の部屋を提供していた。
(注2)古里のわたり ―― 女君の実家や縁者。
(注3)我さへ騒がれぬべければ ―― 自分までも責め立てられそうだということ。乳母は、女君とその兄弟が会うために協力したことを、権中納言に知らせていなかった。
(注4)限りなくのみもてかしづかれたりし身 ―― かつて男性として宮中に出仕していた頃の女君のこと。
(注5)あなたざまのこと ―― 都にいる別の女性のこと。この女性は権中納言との子を出産したばかりであった。
(注6)限りと思ひとぢむる ―― ここでは、若君を見るのもこれが最後と決意して、出家などしてしまうこと。
(注7)足摺り ―― 幼児が足を動かして激しく泣く時のようなしぐさ。
下線部アの解釈として最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
(ア)いづくにかおはせむ
- どこをお探しすればよいだろうか
- どなたにお尋ねするのがよいだろうか
- どこにいらっしゃるだろうか、どこにもいらっしゃらない
- どなたがご存じだろうか、どなたもご存じでない
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この過去問の解説 (1件)
01
品詞を分解して一つ一つ確認していきます。
いづくにか…どこに~か
おはせ…いらっしゃる(「いる」「ある」の尊敬語「おはす」の未然形)
む…だろうか(推量の助動詞「む」)
直訳すると「どこにいらっしゃるのだろうか」となりますが、若君の乳母が女君をあちらこちら探し回るも姿が見当たらない…という状況を考慮すると、反語の「どこにいらっしゃるだろうか、どこにもいらっしゃらない」が正しい訳となります。
基礎的な文法と単語の知識を問う問題です。
「文脈に当てはまるかどうか」という基準で考えてしまうとどの選択肢も正解らしく見えてしまいますので、「下線部で使われている語句の意味、敬語の用法を100%訳出できているか」という基準で考えるのがポイントです。
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