大学入学共通テスト(国語) 過去問
令和7年度(2025年度)追・再試験
問31 (第4問(古文) 問7)
問題文
次の文章は、『とりかへばや物語』の一節である。主人公の女君は女性であることを隠し、男性として宮中で活躍していた。ところが、権(ごん)中納言(本文では「殿」)にその秘密が見破られ、迫られて契りを結んだ。その後、妊娠した女君は都から離れた宇治に住まわされ、子ども(本文では「若君」)を出産したが、結局、女君は兄弟の助けを借りてひそかに宇治から脱出した。これを読んで、後の問いに答えよ。なお、設問の都合で本文の段落に[1]〜[3]の番号を付してある。
[1]宇治には、若君の御乳母(めのと)、明くるまで帰りたまはねば(注1)あやしと思ふに、御格子(みかうし)など参るほどまで見えたまはず。人々尋ねあやしがりきこゆるに、言はむ方なくあきれて、思ひ寄るまじきものの隈々(くまぐま)などまで尋ね求めたてまつるに、(ア)いづくにかおはせむ。言ふかひなく思ひまどふほどに、殿おはしたるに、かうかうと聞こえさすれば、うち聞きたまふよりかきくらし心まどひたまひて、ものもおぼえたまはず。「さても、いかなりしことぞ。A 日ごろいかなるけしきか見えたまひし。古里(ふるさと)のわたり(注2)より訪れ寄る人やありし」と問ひたまふを、我さへ騒がれぬべければ(注3)、乳母もa え申し出でず、「さる御けしきもえ見えはべらず。見たてまつらせたまふほどはさりげなくて、一(ひと)ところおはしますほどは、若君を目も放たず見たてまつらせたまひつつ、うち忍び泣き明かし暮らさせたまひしをば、世の中に恨めしくもおぼつかなくも思ひきこえさせたまふ人やおはしますらむなどこそ、心苦しく見たてまつりはべりしか。かうざまに思(おぼ)しめしなるらむ御けしきとつゆも見たてまつらざりき」と聞こゆるに、言はむ方なし。
[2]限りなくのみもてかしづかれたりし身(注4)を、いとかく忍び隠(かく)ろへたるさまにて、あなたざまのこと(注5)を心に入れて扱ひつつ、ここにはありもつかず(イ)都がちにあくがれたりつるを、げにいかに見も馴(な)らはずあやしくあいなしとb 思しけむを、うち見るにはすべてさりげなくやすらかなりし御けしきありさまの、かへすがへす見るとも見るとも飽く世なくめでたかりし恋しさの、やらむ方なく、時のほどに心地もかき乱り、来し方行く末もおぼえず、かなしく堪(た)へがたきに、巡りあひ尋ねあはむことおぼえず、いかにせむとかなしきに、若君のかかることやあらむとも知らず顔に何心なき御笑(ゑ)み顔を見るが、限りと思ひとぢむる(注6)世のほだしといとど捨てがたくあはれなるにも、c あはれ、かかる人を見捨てたまひけむ心強さこそと思へど、あさましく、ことわりはかへすがへすも言ひやる方なく、胸くだけてくやしくいみじく、人の御つらさも限りなく思ひ知らる。
[3]臥(ふ)したまひ御座所(おましどころ)に脱ぎ捨てたまへりし御衣(ぞ)どものとまれるにほひ、ただありし人なるを、引き着て、d よよと泣かれたまふ。かばかりのことを夢に見むだに覚めての名残(なごり)ゆゆしかるべし、かたちけはひの言ふ方なく愛敬(あいぎゃう)づきにほひ満ちて、憂きもつらきもあはれなるも、いとにくからず心うつくしげにうち言ひなしたまひし恋しさの、さらにたとへて言はむ方なく、胸よりあまる心地して、人の(ウ)をこがましと見思はむこともたどられず、足摺(あしず)り(注7)といふらむこともしつべく、泣きてもあまる心地して沈み臥したまひぬる御けしきの、いみじくいとほしくわりなきを、B 見たてまつり嘆かる。
(注1)帰りたまはねば ―― 女君が乳母の部屋から戻ってこないということ。前の晩、乳母は女君がその兄弟に会う場所として自分の部屋を提供していた。
(注2)古里のわたり ―― 女君の実家や縁者。
(注3)我さへ騒がれぬべければ ―― 自分までも責め立てられそうだということ。乳母は、女君とその兄弟が会うために協力したことを、権中納言に知らせていなかった。
(注4)限りなくのみもてかしづかれたりし身 ―― かつて男性として宮中に出仕していた頃の女君のこと。
(注5)あなたざまのこと ―― 都にいる別の女性のこと。この女性は権中納言との子を出産したばかりであった。
(注6)限りと思ひとぢむる ―― ここでは、若君を見るのもこれが最後と決意して、出家などしてしまうこと。
(注7)足摺り ―― 幼児が足を動かして激しく泣く時のようなしぐさ。
本文の内容に合致するものを、次のうちから一つ選べ。
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問題
大学入学共通テスト(国語)試験 令和7年度(2025年度)追・再試験 問31(第4問(古文) 問7) (訂正依頼・報告はこちら)
次の文章は、『とりかへばや物語』の一節である。主人公の女君は女性であることを隠し、男性として宮中で活躍していた。ところが、権(ごん)中納言(本文では「殿」)にその秘密が見破られ、迫られて契りを結んだ。その後、妊娠した女君は都から離れた宇治に住まわされ、子ども(本文では「若君」)を出産したが、結局、女君は兄弟の助けを借りてひそかに宇治から脱出した。これを読んで、後の問いに答えよ。なお、設問の都合で本文の段落に[1]〜[3]の番号を付してある。
[1]宇治には、若君の御乳母(めのと)、明くるまで帰りたまはねば(注1)あやしと思ふに、御格子(みかうし)など参るほどまで見えたまはず。人々尋ねあやしがりきこゆるに、言はむ方なくあきれて、思ひ寄るまじきものの隈々(くまぐま)などまで尋ね求めたてまつるに、(ア)いづくにかおはせむ。言ふかひなく思ひまどふほどに、殿おはしたるに、かうかうと聞こえさすれば、うち聞きたまふよりかきくらし心まどひたまひて、ものもおぼえたまはず。「さても、いかなりしことぞ。A 日ごろいかなるけしきか見えたまひし。古里(ふるさと)のわたり(注2)より訪れ寄る人やありし」と問ひたまふを、我さへ騒がれぬべければ(注3)、乳母もa え申し出でず、「さる御けしきもえ見えはべらず。見たてまつらせたまふほどはさりげなくて、一(ひと)ところおはしますほどは、若君を目も放たず見たてまつらせたまひつつ、うち忍び泣き明かし暮らさせたまひしをば、世の中に恨めしくもおぼつかなくも思ひきこえさせたまふ人やおはしますらむなどこそ、心苦しく見たてまつりはべりしか。かうざまに思(おぼ)しめしなるらむ御けしきとつゆも見たてまつらざりき」と聞こゆるに、言はむ方なし。
[2]限りなくのみもてかしづかれたりし身(注4)を、いとかく忍び隠(かく)ろへたるさまにて、あなたざまのこと(注5)を心に入れて扱ひつつ、ここにはありもつかず(イ)都がちにあくがれたりつるを、げにいかに見も馴(な)らはずあやしくあいなしとb 思しけむを、うち見るにはすべてさりげなくやすらかなりし御けしきありさまの、かへすがへす見るとも見るとも飽く世なくめでたかりし恋しさの、やらむ方なく、時のほどに心地もかき乱り、来し方行く末もおぼえず、かなしく堪(た)へがたきに、巡りあひ尋ねあはむことおぼえず、いかにせむとかなしきに、若君のかかることやあらむとも知らず顔に何心なき御笑(ゑ)み顔を見るが、限りと思ひとぢむる(注6)世のほだしといとど捨てがたくあはれなるにも、c あはれ、かかる人を見捨てたまひけむ心強さこそと思へど、あさましく、ことわりはかへすがへすも言ひやる方なく、胸くだけてくやしくいみじく、人の御つらさも限りなく思ひ知らる。
[3]臥(ふ)したまひ御座所(おましどころ)に脱ぎ捨てたまへりし御衣(ぞ)どものとまれるにほひ、ただありし人なるを、引き着て、d よよと泣かれたまふ。かばかりのことを夢に見むだに覚めての名残(なごり)ゆゆしかるべし、かたちけはひの言ふ方なく愛敬(あいぎゃう)づきにほひ満ちて、憂きもつらきもあはれなるも、いとにくからず心うつくしげにうち言ひなしたまひし恋しさの、さらにたとへて言はむ方なく、胸よりあまる心地して、人の(ウ)をこがましと見思はむこともたどられず、足摺(あしず)り(注7)といふらむこともしつべく、泣きてもあまる心地して沈み臥したまひぬる御けしきの、いみじくいとほしくわりなきを、B 見たてまつり嘆かる。
(注1)帰りたまはねば ―― 女君が乳母の部屋から戻ってこないということ。前の晩、乳母は女君がその兄弟に会う場所として自分の部屋を提供していた。
(注2)古里のわたり ―― 女君の実家や縁者。
(注3)我さへ騒がれぬべければ ―― 自分までも責め立てられそうだということ。乳母は、女君とその兄弟が会うために協力したことを、権中納言に知らせていなかった。
(注4)限りなくのみもてかしづかれたりし身 ―― かつて男性として宮中に出仕していた頃の女君のこと。
(注5)あなたざまのこと ―― 都にいる別の女性のこと。この女性は権中納言との子を出産したばかりであった。
(注6)限りと思ひとぢむる ―― ここでは、若君を見るのもこれが最後と決意して、出家などしてしまうこと。
(注7)足摺り ―― 幼児が足を動かして激しく泣く時のようなしぐさ。
本文の内容に合致するものを、次のうちから一つ選べ。
- [1]段落では、乳母は、権中納言が宇治にやってきたと聞いて、叱責されるのが怖くなり暗い気持ちになった。[2]段落では、乳母から事情を聞いた権中納言が、女君の宇治での様子を思い出して、若君を残したまま行方知れずとなってしまった女君の行動にも道理があったのだと考えている。
- [1]段落では、権中納言は、女君がいなくなったことに戸惑い、乳母がその原因を隠しているのではないかと疑っている。[2]段落では、権中納言は、手のかかる若君の育児を女君に任せきりにしていたことを振り返り、女君が苦悩を抱えていただろうと考え、女君を責める気にならなかった。
- [2]段落では、若君は、権中納言も女君を探すために宇治から立ち去ろうとしているとも知らずに、無邪気な笑顔を見せている。[3]段落では、権中納言は、女君が普段はかわいらしい様子でいたのに、実は自分をひどく恨んでいたことを知って、たとえようもない後悔の念にさいなまれている。
- [2]段落では、権中納言は、女君が悩みを表に出さずに穏やかな態度を自分に見せていたのだと考え、その人柄のすばらしさを回想している。[3]段落では、権中納言は、女君の香りが残る衣服を身にまといながら、愛らしい魅力に満ちていた女君を思い出し、恋情を抑えきれなくなっている。
- [2]段落では、権中納言は、自身の女君への接し方に問題があったことを認めつつも、何も言わず突然姿を消してしまった女君の強情さにあきれている。[3]段落では、権中納言は、華やかな女君の姿が夢に出てきた後に脳裏から離れなくなり、女君との思い出に浸りながらふさぎ込んでしまった。
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この過去問の解説 (1件)
01
問題文の全体像を正しく理解しているかを問う問題です。
限られた解答時間の中で各選択肢を一つ一つ本文と照らし合わせて検証するのは難しいので、明らかに誤りと判断できる要素を含んだ選択肢を除外する消去法の方が効率的です。
[1]段落…乳母が「叱責されるのが怖くなり暗い気持ちになった」という描写は無いため、この時点で誤りと判断できます。
[1]段落…権中納言が乳母を疑っている描写は本文に無いため、この時点で誤りと判断できます。
[3]段落…「女君が普段はかわいらしい様子でいたのに、実は自分をひどく恨んでいたことを知って」の部分が誤りです。女君が実際にそのようなことを口にしている描写は無い上、乳母を介して権中納言にそう伝えさせている描写もありません。
他の選択肢に明らかな誤りが含まれていることで、消去法によってこの選択肢が正解と判断できます。
[2]段落…「その人柄のすばらしさを回想している」
[3]段落…「恋情を抑えきれなくなっている」
上記は時間があれば本文と照らし合わせて検証するのが確実ですが、時間が足りない場合はここで解答を確定して次の問題に移るのがベターです。
なお、[2][3]段落の説明が正しいとする根拠は以下の通りです。
[2]段落の根拠…「うち見るにはすべてさりげなくやすらかなりし御けしきありさまの、かへすがへす見るとも見るとも飽く世なくめでたかりし恋しさの…」(ちょっと会った際は何気なく穏やかだった表情や態度が、何度見ても見飽きることはなく素晴らしかった恋しさが…)
[3]段落の根拠…「さらにたとへて言はむ方なく、胸よりあまる心地して」(全く喩えようがなく、胸が一杯な気持ちがして)
[3]段落…「夢に見むだに覚めての名残ゆゆしかるべし」と、推量の助動詞「べし」(=きっと~にちがいない)が使われていることから、権中納言は実際に女君の夢を見たのではなく、「夢など見ようなら目覚めた時の余韻は甚だしく辛いにちがいない」と想像しているのだと判断できます。
したがって、この選択肢は誤りです。
本文は一文一文が長く、文章の区切りが分かりづらいことから、選択肢の正誤を細部まで丁寧に検証するのは困難と思われます。このような場合は明らかに誤りと分かる選択肢を除外していくのが効率的です。
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